異常性

 あの日の翌日から、クラスの動きが変わった。教室に到着した真梨まりが目にしたのは、罵詈雑言を書き殴られた自分の机であった。困惑した彼女に対し、一人の生徒が肩をぶつけてくる。

「どいて、邪魔」

 ぶつかってきたのは、いじめの主犯だ。沙奈さなの思惑通り、彼女は真梨を巻き込むことを選んだらしい。


 それからの授業中も、度々丸められた紙が投げられた。当然、それは真梨の背中をめがけてのことだ。特に、彼女は沙奈が指示を下していた場面を見ていたわけではない。ところがその脳裏には、あの少女の姿が焼き付いて離れないのだ。

「やってくれたね、沙奈」

 その心の呟きは怒気を帯びていた。当然ながら、今の真梨は下手を打てない状況だ。ここであの三人を止めてしまえば、自らの計画も崩れ落ちることとなる。つまるところ、彼女は今の荒波を耐え忍ぶしかない。あるいは、何か自分だけを標的から外すための口実を作る必要がある。


 その日の昼休み、真梨はレンタルスマホを手に取った。それから匿名メッセンジャーアプリのシークレットチャットを開いた彼女は、例の三人にメッセージを送信する。

御巫真梨かんなぎまりを巻き込むことで、あなたたちが私から逃れようとしている意図は伝わりました。しかし、御巫真梨はあなたたち悪人の人生のことなど考えないでしょう。このまま私の正体が暴かれれば、共犯者であるあなたたちも道連れになります」

 今のところ、彼女は自分が黒幕であることを見抜かれたわけではない。つまりあの三人から見れば、このメッセージには一定の説得力があるということだ。レンタルスマホに、彼女たちからの返信の通知が表示される。

「助けてください。社会的制裁を受けたくありません」

「真梨を巻き込むのはやめます」

「勝手なことをして申し訳ありませんでした」

 背後に沙奈という存在を抱えていてもなお、自らの人生を秤にかけている彼女たちは怖気づいていた。一先ず、真梨は一つの問題を片づけた。さりとて、彼女は最大の敵を無力化したわけではない。

「沙奈に全てを壊される前に、一刻も早く千郷ちさとを手に入れないと……!」

 そう思った彼女は、少しばかり焦り始めていた。



 その日の晩、真梨は先日の公園に赴いた。そこで彼女を待ち受けていたのは、もちろん沙奈である。

「ふふふ……あれくらいは対処してくれると思っていたよ。そうでないと、壊し甲斐がないもの」

 それが沙奈の第一声だ。もはや彼女は、破壊願望を包み隠すことさえしなくなっていた。その場に立ち込める緊張感を噛みしめつつも、真梨は話に移る。

「昨日の質問への答え――考えたよ。だけど、貴方がそれを盗聴して悪用する可能性はゼロじゃない。だから、答えられない」

「ふふっ。つまりは人に言えないような答えというわけだね。それで、アナタが知りたいのは、ワタシの動機だったかな?」

「うん。沙奈……私は、アナタを突き動かすものを知りたい」

 いよいよ、彼女が宿敵の本性に迫る時が来た。沙奈は深いため息をつき、それから恍惚とした微笑みを浮かべる。その不気味さに息を呑む真梨を見つめつつ、彼女は語る。

「真梨は、ワタシの推しなんだ。推しを愛する、推しが苦しむ姿を見たい、推しを壊したい――それって、そんなに変かな?」

 そう――沙奈の動機は、至って単純かつ常軌を逸したものだったのだ。

「貴方の異常性に、私の人生を巻き込まないで」

「少なくとも、アナタが言えたことではないよ。アナタは自らの異常性に千郷を巻き込んでいるもの」

「お互い、正しくはない――か。だったら、潰し合うしかない」

 真梨の瞳に、底知れぬ闘志が宿った。その眼前の宿敵は、相も変わらず余裕に満ちている。

「ワタシが素性を明かした理由を教えてあげるね。アナタはこれから、自分に向けられるあらゆる善意を疑わずにはいられなくなる」

 そんな忠告を残した沙奈は、真梨の肩を軽く叩いてからその場を去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る