校内いじめ

絵具

 ある日の放課後、教室には四人の少女がいた。内、三人は悪意に満ちた表情を浮かべている。

杏里あんり、最近アンタ調子乗ってない?」

「ぶりっ子ぶりやがって、気持ち悪いんだよ!」

「なんでまだ学校来てんの?」

 言うまでもなく、それはいじめの現場だった。三人は次々と、杏里と呼ばれる少女の身を引っ叩いていく。続いて、三人組の主犯格がスクールバッグから取り出したものは、油性の絵具のチューブである。

「二人とも、杏里のこと押さえといて」

 その指示に、残る二人は容赦なく従う。

「あぁ、餌の時間だね」

「ほら杏里、口開けて」

 一人は杏里の両腕を押さえ、もう一人は口をねじ開ける。杏里は必死に抵抗を試みるが、三人相手に成す術などない。主犯はチューブの中身を搾り出し、それを杏里の舌の上に出す。

「ほら、飲めよ。飲ぉめぇよ!」

「うぅ……あぁ……あ……」

 当然、口を開いたまま固定されている以上、この三人組の標的が上手く言葉を紡ぐことはできない。やがて主犯がチューブの中身を出し切った時、三人組のうちの一人が杏里の口を閉じさせた。杏里は目に涙を浮かべつつも、覚悟を決めて絵具を呑み込む。そうしなければ、彼女がより酷い目に遭うことは明白だ。その周囲では三人の少女が、依然として邪悪な笑みを浮かべている。

「美味しいって言えよ」

「ごちそうさまは?」

「ほら、早く。言え、言え、言え」

 容赦ない言葉の数々に、杏里は更に怖気づく。絵具の味でむせ返り、呼吸を荒げ、彼女はうめくような声を漏らす。

「お、美味しいです。ごちそうさま……でした」

 今のところ、彼女を救う手が差し伸べられる様子はない。この三人組を止める者も、そうそう現われはしないだろう。



 面倒事には関与したくない――それが大衆の本音なのだ。



 もっとも、この状況に「利用価値」さえあれば、話は大きく変わってくる。同じ頃、帰り道の電車では、真梨まりがSNSに入り浸っている。しかし彼女は日常を呟いているわけではなく、感情を吐露しているわけではない。彼女がこの時検索していた単語は、「桃園高校」――彼女自身の通う高校の名前であった。この学校の様々な生徒が、プロフィールに桃園高校の名を載せている。彼女たちの書き込みを見ていけば、校風を掴むことも可能だろう。


 真梨は手当たり次第に、生徒たちの書き込みを見ていった。先ず一つ目の書き込みは、彼女のもたらした影響を物語っている。

「最近、変な業者からめっちゃ電話来る」

 この書き込みをした生徒は、真梨に空箱を売った生徒のうちの一人だ。同時に、真梨はその生徒の個人情報を売却した身でもある。されど今の彼女にとっては、そんな情報は重要ではない。


 引き続き、真梨は校風の調査を進めていく。

「桃高の生徒、皆ここ来るよね #やすらぎコーヒー」

「最近、沙奈さなの様子おかしくない?」

「たまにはペットの写真でも貼ろうかな」

 基本的に風紀は安定しており、目立った問題は告発されていない様子だ。実際のところ、真梨のクラスでは陰湿ないじめが行われているが、それを表立って発信するような者はいないのだろう。


 それでも真梨は引き下がらない。

「表立ったいじめはなさそうだね。でも、学校という場所には、必ずいじめが生じる」

 内心、真梨は確信していた。どんな学校でもいじめは存在し、市立桃園女子高等学校もまた例外ではない。さりとて、証拠がなければ下手に動くわけにもいかない。無論、そんなことは彼女にもわかりきっている。ゆえに彼女は、これから証拠を集めなければならないのだ。


 帰宅後、真梨は自室の本棚から、英和辞典を手に取った。彼女は外箱から辞典を取り出し、次にブックカバーを外す。そして彼女は、そのブックカバーのみを外箱に戻した。

「……これは、使えそうだね」

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