怪異・宇宙人・怪獣・T

久佐馬野景

怪異・宇宙人・怪獣・T

 宇宙人が発見された一報の後、公開された画像を見た者の内、何割かは頭を抱えた。

 グレイだった。

 宇宙人として一般にイメージされる、灰色の体表と大きな目をした姿を、発見された宇宙人はしていた。

 お茶の間はああやっぱり宇宙人はこんな姿なんやねぇなどと安堵していたが、多少でも知識のある地球人は、そんなわけがあるかいと頭を抱えることとなった。

 また新しく宇宙人が発見された一報の後、公開された画像を見た者も、同様の反応を示した。

 タコ型だった。

 宇宙人として一般にイメージされる、タコのような多脚とタコのような頭部を持つ姿を、発見された宇宙人はしていた。

 おまけにタコ型宇宙人はカメラに向かって声を反響させてこう述べた。

「我々は宇宙人だ――」

 地球人の何割かはアホ死ねと己の狂気と向き合わなければならなかった。

 次いでタコ型は自分たちが火星人だと主張した。

 止まるんじゃねぇぞとかろうじて正気を保っていた者たちの多くがこの発言によって思考を停止、爆笑あるいは絶望の後発狂して静かになった。

 さて。あまりに馬鹿馬鹿しいこの宇宙人関連の話題に首を突っ込む必要がある。なぜ多くの人間が発狂したのか、順番に説明していこう。

 グレイ・タイプと呼ばれる宇宙人は、あくまで地球の人間が思い描く宇宙人の一般的な造型である。実際に存在したから同じ姿をしているのではなく、画像イメージが共有される頻度が最も高かったために人口に膾炙しただけに過ぎない。

 これはタコ型宇宙人に関しても同様のことが言える。共通しているのは、多くの社会で暮らす人間に前提知識がない(実際は存在するが、自己認識がなされない)にも関わらず、宇宙人のパブリックイメージとして有効な姿が、グレイやタコ型宇宙人であるということだ。

「我々は宇宙人だ」という台詞も、そうしたパブリックイメージの中で生まれたギャグのようなものだ。自分の喉を手でチョップすることによって自身の声を震わせて宇宙人らしさを生み出す。そもそも宇宙人らしさとはなんなのかという疑問はさておき、宇宙人のパブリックイメージはその程度の茫洋さと強固さを併せ持っていた。

 宇宙人は存在すると信じる者の内、火星人が存在すると信じる者はなんの根拠もなく宇宙人というパブリックイメージを受け入れている者と見做してよいとされる。広大な宇宙で地球以外に生命が存在しない可能性より、存在する可能性のほうが高いとするのは一種当然の意見であるが、火星人の存在は論外と言ってもよい。

 少なくとも現在、火星に生命体は確認されていない。同じ太陽系内で大気や地表の調査が可能な距離にある火星に、タコ型宇宙人が住んでいるというのはあまりに馬鹿げた話である。

 以上より、宇宙人が発見されたという一報は大きな衝撃をもって迎えられた。

 大半の地球人はやはり宇宙人は存在したのだと盛り上がった。宇宙人カルトが宇宙人銘菓を売り出し、火星人たこ焼きは大阪の新たな名物となった。

 一方で、かろうじて正気を保っていた宇宙人懐疑派は、理路整然とこれが宇宙人であるはずがないと声を上げた。

 それに対する反応は冷ややかなものだった。

 せっかく宇宙人が見つかったのだから、茶々を入れるのは無粋だという感情論が大勢を占めていた。宇宙人は存在する。その事実が先にあり、後付けで講釈を垂れるのは目立ちたいだけの山師と見做される。

 懐疑派たちを山師呼ばわりした急先鋒は、宇宙人発見以前から懐疑派側から山師だと糾弾されていた者たちだった。彼らは巧みに宇宙人発見擁護の立場に回り、宇宙人カルトや宇宙人町おこしと太いパイプを築いた。メディアで宇宙人の話題が出れば専門家として出演し、講演会でも自分たちがずっと宇宙人の存在を信じ続けた結果が宇宙人の発見につながったのだと熱弁した。

 グレイ・タイプの宇宙人は各国首脳と面会し、握手を交わす映像がニュースで大きく報じられた。火星人もまた世界を飛び回り、地球と火星の友好をアピールした。

 来日したグレイ・タイプの宇宙人の記者会見で、ある記者がたずねた。

「あなたはどのように地球にやってこられたのでしょうか?」

 危うく今では無条件で世間から非難を浴びせられる懐疑派の領域に踏み込みかねない質問だった。だからこそ今日まで誰も質問を行わなかったとも言える。

「わかりました。お見せしましょう」

 流暢な日本語を話すグレイは両手を高く掲げ、小さな声でこの星のものだとは思えない言語を発した。

 会見は夜に行われていたが、外は昼間のように明るくなっていた。会見場にいた者たちは異変に気づくのが遅れたが、建物の外で待機していたスタッフたちから連絡を受けると半数ほどの記者やスタッフが外へと飛び出していった。

 夜空に、光り輝く円盤が浮いていた。

「UFO……」

 グレイはUFOに乗って地球にやってきたのだ。

「UFOイコールエイリアンクラフトではないのはみなさんご承知の通りです」

 地下にある居酒屋で、宇宙人懐疑派による秘密会合という名の飲み会が行われていた。

「UFOとは未確認飛行物体であり、あくまで正体不明の空飛ぶ物体でしかありません。いつの間にかUFOとは宇宙人の乗り物であるという常識が根づき、未確認飛行物体は即座に宇宙人と関連づけられてしまうようになりました」

「今さらだと思いますけどねぇ。世間じゃ宇宙人フィーバーですし、今さらUFOごときで違和感を覚えるのも我々くらいのものじゃないんですか?」

「宇宙人とされるものは、明らかに我々のパブリックイメージを流用している。おかしいと思いませんか。順序が逆だ」

「つまり世間一般で宇宙人だとされるものが、宇宙人というかたちを纏って我々の前に現れた、と。それはもう、そういう怪異じゃないですか」

「怪異なら、祓えるのでは」

「しかしどんな正論を唱えようと、今の感情論を覆すことはできないでしょう」

 今日は宇宙人のUFOが夜空でアクロバット飛行を披露することになっている。すでに飛行予告のあった地域には大勢の見物客とマスコミが待機している。宇宙人はまさしく未来への希望となっているのだ。

「宇宙人が宇宙人という怪異として現れているのなら、同じことができるのではないですか? たとえば、珪素生物とか……」

 夜。UFOのアクロバット飛行の見物客たちは、悲鳴を上げて逃げ惑っていた。

 巨大な怪獣が出現し、ビルをなぎ倒しながら夜の東京を破壊し尽くしていた。

 アクロバット飛行は取りやめとなり、怪獣は自衛隊の決死の作戦によって排除された。

 翌日から、宇宙人には非難の目が向けられることとなった。

 怪獣を呼び出したのが宇宙人なのではないかという憶測が広まったのである。珪素生物であることが判明したこの怪獣が地球由来のものだとは考えづらく、異星人のテクノロジーを用いて地球に持ち込まれた侵略兵器だと考えるのが妥当に思える。実際にそこまで穿った見方をする者は少なかったが、それまでのチョコミントよりも宇宙人というような歓迎ムードは一夜にして崩れ去った。

 感情論は、完全に宇宙人の排除へと傾いた。こうなってからはそれはもう早い。不逞宇宙人は宇宙へ帰れと大合唱が始まり、宇宙人カルトは反社会的勢力と見做されて襲撃され、宇宙人銘菓は製造中止、火星人たこ焼きは店を畳まざるを得なくなった。

「酷いことをしなさる」

 都内某所。今や人前に姿を現すことすら難しくなったグレイ・タイプの宇宙人と、宇宙人懐疑派の数人が密談を行っていた。

「あなた方のせいで私たちは石を投げられるようになってしまいましたよ」

「心中お察しします。私たちもまさか本当に怪獣を呼び出せるとは思いませんでしたし、ここまでバッシングが酷くなるとも思いませんでした」

「私たちが存在している以上は、同程度の存在強度の怪獣なら励起させることができるでしょう。それが宇宙人の存在強度をより高めるのなら、なおさら」

「――なるほど。負の方向にでも、ということですね」

 宇宙人に対しての世論は排除一辺倒となっている。憎悪の対象として、宇宙人はその存在をより強固なものとしていた。

「さて。今回対話の席に着いていただけたということは、こちらの目的に同意していただけるのですね?」

「ええ。世界に混乱と厄災の種を播くという当初の目的は果たされました。私たちは、もはや存在せずともその本懐を達せられると判断しています」

「では、こちらに」

 懐疑派のひとり――寺生まれのTが宇宙人を壁際に誘導する。

 寺生まれのTは離れた場所で一度合掌すると、右手を後ろに引き掌を宇宙人に向けて突き出す。

「破ぁ!!」

 掌から光が撃ち出され、宇宙人を貫く。

 宇宙人は光の粒子となって消滅した。

 火星人も同様に「破ぁ!!」で消し去ると、それまで空に浮かんでいた円盤もまた消滅し、「宇宙人、消滅」の一報が世界を駆け回った。

 懐疑派たちの宇宙人否定論には耳を貸さなかった者たちが、宇宙人の消滅に快哉を上げる。

「果たして私たちは正しかったのでしょうか」

「それはまだわからない。だが、正しくあろうという心こそが大切なのではないだろうか」

 寺生まれのTが言うと、みなが感じ入ったように下を向く。

「ありがとう、Tさん。さよならだ」

 寺生まれのTさん――それもまた、怪異のひとつの様相であった。怪異を滅する怪異。宇宙人を確実に消し去るため、この世に呼び出された非実在キャラクター。

 懐疑派たちは揃って合掌すると、寺生まれのTさんは満足げに成仏していった。

 寺生まれのTさんが簡単に現れる程度には、この世界の強度は下がっている。これこそが宇宙人の言った混乱と厄災の種であるのだろう。

 何かが空を飛んでいる。

 それが希望の光だということを、彼らは願うほかなかった。

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