氷菓子
「もうひとつの……仮説、ですか?」
私は、何だろうと思いつつ、ツキミに聞き返す。
隣のセイカも「なになに? なんかあるんすか?」と、身を乗り出してくる。
ツキミはため息を一つつくと、静かに口を開く。
「あのトカゲは、火属性の対にあたる水属性に弱い可能性がある。もっと言うならば、寒さに対して、だな。それに、ここのトカゲは知らないが、多くのトカゲは元々寒さに強い生き物ではない――そこの赤トカゲのようにな」
(だから、なんでそこで一言余計なのっ!?)
内心でそう叫びつつも、ツキミが状況の打開に向けて真剣に考えていることが伝わってきて、私はその言葉に耳を傾ける。
確かに、セイカは火の属性に強い親和性を持っているし、水の属性部屋では、あからさまに寒がって苦手だと言っていた。
もし、あのトカゲもセイカと同じように火属性であれば、冷気で対抗するという手段は有効に思える。
私がツキミの解説に納得している横で、セイカは再びぷくーっと頬を膨らませてツキミを睨む。
「冷気でトカゲを倒せばいい、ということですか?」
内容を理解していることを伝える意味も含めて、私はツキミに質問を投げる。
「ああ。直接凍らせることができれば理想的だが――そこまでいかなくとも部屋全体を氷部屋のように低温状態にできれば、トカゲの動きは鈍くなる可能性がある。そうなれば、何らかの対応ができるようになるだろう」
ツキミは私の考えが正しいというように、そう答えて頷く。
「なるほどですね。では、その作戦でいきましょう!」
私は二人を見回し、そう宣言する。
「おっ? 新しい作戦っすか!? アタシは何をするっすか!?」
なぜか、セイカの元気モードのスイッチが再び入ったらしい。みんなで何かをする、ということが、セイカは本当に好きなのだろう。
ツキミは黙っているが、特に否定的な素振りは見せない。これは、同意してくれていると解釈していいのだろうか。
そして、私は一番大事な確認をする。
「ツキミさんは冷気を出す魔法は使えますか? あ、セイカさんでも良いのですが……」
セイカは、どう見ても純粋な火属性という感じで、水属性を扱えるイメージは全くできないが……。
先に返事をしてきたのは、やはりセイカだ。
「氷っすか!? むりむりっす! あ、でも、氷菓子は大好きっす! もし氷出せるなら、甘ーいシロップも一緒にお願いするっす!」
ついでに好物まで教えてくれたが、やはり想定通りの答えだ。
(甘いのが好きなのか。私も好きだけど……)
「あ、ありがとうございます……。分かりました。ツキミさんは、どうでしょうか?」
私は、まだ沈黙を続けるツキミに改めて尋ねる。
魔力を感じる感度は目をみはるものがあるが、実際に魔力を操る能力については、未知数だ。
「無理だな」
ツキミは、きっぱりとそう答えると、私を見つめ再び口を開く。
「局長がやれば良いだろう。氷くらい簡単に出せるだろう?」
ツキミのその言葉で、思わず私は口を固く閉じてしまう。
それは、もしかしたら言われるかもしれない、と心のどこかで考えていた答えだ。
(確かに、私は水や氷を扱う魔法を多少は心得ているけれど……)
それはあくまで基本的なもので、実戦でどれほどの効果があるのか、ましてやあんな巨大なトカゲをどうこうできるほどの威力はない。
それこそ、せいぜいセイカを喜ばせる為の氷菓子くらいの氷が出せる程度だ。
ツキミは、そんな私の内心の葛藤を見透かしたかのように、ただ静かに私の返事を待っている。
「……はい。私は氷を出す魔法を確かに使えますが……」
ようやく絞り出した私の声は、自分でも情けないほど自信なさげに震えていた。
すると、それまで私たちのやり取りを神妙な顔で聞いていたセイカの目が楽しげに光り、口元に笑みが広がっていく。
「えっ! 局長、氷菓子だせるんすか!? すごいっす! さすが氷局長っす!」
そう言うと、セイカはまたしてもその場でぴょんぴょんと小躍りを始めそうな勢いではしゃぐ。
そのあまりにも場違いな明るさに、私は苦笑いを浮かべるしかない。
「ですが、あのトカゲを凍らせたり、この部屋全体を氷部屋にするほどの強力な力は――私にはありません……」
セイカを苦笑いで眺めながら、私は力なく言葉を続ける。
(せっかくツキミが光明とも思える作戦を提案してくれたけれど……)
自分でも「その作戦でいきましょう」と決めたはずなのに、結局は私の力不足で実行できないかもしれない。
その情けない気持ちがずしりと胸にのしかかり、私はため息をついて肩を落とす。
すると、今度はセイカが私の隣にやってきて、ぽん、と私の頭に手を置く。
そして、先ほど私が彼女にしたように、優しくぽんぽんと撫でてくる。
「氷菓子だせるのはすごいことっす!」
(出せるのは氷菓子じゃなくて、氷だけなのだけれど……)
セイカの顔はにっこにこで、全く悪気はなさそうだけれど、その言葉が慰めなのかどうかは、正直よく分からない。
しかし、その温かい手の感触と、底抜けの明るさに、少しだけ心が軽くなったような気もする。
「そうか……」
そんな私たちの様子を見ていたツキミが何かメモを取り終えたかと思うと、再び静かに口を開く。
「まぁ、想定通りではある」
「えっ?」
どういう事だろうか。
(私が魔法を使えることが? それとも、私の魔力がそこまで及ばないこと? いったい何が想定通りだったと?)
疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡ったが、それをツキミに直接聞いてみる勇気が、なぜか今の私には出てこない。
「使うことができるならば、問題はない」
ツキミは、さらにそう続ける。
(使うことができるならば?)
私には、ツキミの言葉の真意が全く理解できない。
今さっき、それほどの力を私は持っていないと、伝えたばかりのはずだ。
セイカのように、あのトカゲに一矢報いるほどの強大な魔力があれば、あるいは可能だったのかもしれないが、残念ながら私にそんな力はない。
この「局長」という肩書きだって、別に特別な魔力や力で得たものではないのだ。
ただただ、真面目に組織の規則に従って職務をこなしてきた結果、私を左遷する為に与えられたものに過ぎない。
結局のところ、私はどこまでも「普通」なのだ……。
「問題ない……ですか? 私には、セイカさんのような強い魔力はないのですが……」
私は念を押すように、もう一度ツキミに問う。
ちらりと隣を見ると、セイカはまた自分が褒められたとでも思ったのか、ニコニコとしたご機嫌な笑顔だ。
「今はな」
ツキミは、そう言って私の言葉を遮り、続ける。
「だが、あのトカゲだって、元はただのトカゲだったはずだ。それが魔力を取り込むことであれだけの巨体と力を得た。局長だって理論上は可能なはずだ」
(なっ――)
その言葉に、思わず息が止まる。
言っている意味は、痛いほど分かる。
けれど、それが何を意味するのか、私は理解したくなかった。
いや、理解してはいけない。
(まさか、あの禁忌とされている、魔力による生命体の強化の話?)
だが、思考は勝手に答えを導き出していく。
「まさか……ちがいます、よね……?」
私は、別に何をどうするという具体的な言葉は避け、震える声でツキミにそう問いかけることしかできない。
すると、ツキミはその美しい黄金色の瞳で私をじっと見据え、ほんのわずかに口角を上げたかと思うと口を開く。
「ここから出る必要があるのだろう? 責任者さん」
その言葉は、私の本当に痛いところを的確に、そして容赦なく突き刺した。
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