第4話 つままれるような話

「その封筒、あなた宛よ」


 俺の思考を読んだようなタイミングで母さんが答えた。

 椅子に腰掛けてから手元に封筒を寄せる。

 端から端まで目が痛くなるほど真っ赤な封筒だ。表側の中心に黒字の達筆で『かさね外羽がいは様へ』とだけ書かれているのが異様に目立つ。

 重さからして、中身は手紙だろうか。

 

「送り先が書いてないみたいだけど?」

「そうみたいね」

「変だと思わないの?」


 妙に淡白な返事に違和感を覚える。


「そういうのもあるんでしょう」


 母さんは上の空で答えると、手元のクロスワードに何かを書き込んだ。

 

「……いただきます」


 食事を口に運びながら母さんの様子を横目で観察する。


 体調が悪いんだろうか。何か大きな病気のサインだったりはしないよな?

 父さんが死んでから前より働く時間が伸びたし、疲労が原因かも知れない。


「母さん」

「んー?」

「疲れてるみたいだし、今日は早めに寝た方がいいんじゃないか?」

「……そうね。そうするわ」


 またしてもボンヤリした様子で答えると、筆と広げたクロスワードをそのままに、母さんは一階の寝室へと向かった。


「今日は変な事ばっかりだな」


 1人になった居間で小さく呟く。

 母さんの様子や那野葉の呪いの成長の事が嫌でも頭から離れない。その後も空腹だというのに夕食は大して美味く感じなかった。


 15分で夕食を終え、使った食器を軽く洗ってから自室に戻る。

 半ば無意識にバックから勉強の用意を取り出そうとした所で居間から持ってきた赤い封筒の存在を思い出した。

 これだけ印象深い物よりも習慣を優先しようとした自分の思考に思わず少し苦笑してしまう。


「ハサミ、ハサミ……っと。あった」


 机の前の椅子に腰を下ろして、赤い封筒にハサミの刃を入れる。

 封筒の中から姿を現したのは黄味がかった一枚の便箋だった。その中心には墨を垂らしたような黒い丸が、ポツンと一つだけ書かれている。


「イタズラにしては前衛的な……あっ!」


 黒丸が突如として無数の黒い糸に解けた。

 まるで生き物のように黒い糸たちは紙面上を這い回り文字の形に組み合わさると、縦に規則正しく並んでいく。

 それは明らかに文章の体を成していた。


『初めまして累外羽くん。私はあなたと、友人の数奇すき那野葉なのはさんの持つ能力を知っています』


 心臓が引き攣ったような感覚を覚える。


「誰だ……お前」


 再び文字が黒い糸達に戻り、新しい文章を形作る。


『私は怪異統括機構に属する者です』


「怪異統括機構……?」


『この度は、出来るだけ穏便にあなたに接触を図るため、こういった形を取らせていただきました』


『私の能力によりこの手紙を見たあなた以外の人間は皆一種の精神的変性トランス状態に陥り、この手紙の存在に疑念を抱かなくなります』


『私たちの目的は』


 新しい文字列が完成するのを待たずに、反射的にさっき使ったハサミを手に取る。

 刃先を手紙に突き立てるのには、一切の躊躇も無かった。


 那野葉に取り憑く『口裂け女』の様な存在が他にいたとして、俺はその全てが悪だとは思わない。でも、コイツはダメだ。


 精神的変性状態にすると言っていた。母さんの様子がおかしかったのはコイツのせいだ。

 目的がなんであれ、そのためにコイツは俺の家族に手を出せる。その時点でコイツは『口裂け女』と同じだ。

 俺の精神まで懐柔されたら、手遅れになる。


「ぎゃああっ!!」


 どこからか男の絶叫が聞こえた。

 紙を刺したとは思えない生々しい感覚を感じつつも、力の限りに刃を押し込む。

 

「ああっ⁉︎」


 突然、便箋と封筒が机の上から姿を消す。

 慌てて振り向くと、そこには俺の部屋に大の字になって横たわる中年の男の姿があった。


 男は長身で、明るい色合いのスーツと革靴はビジネスマンのような出立ちだった。

 少し骨ばったその右手からは赤黒い血が流れ出ている。その男と赤い封筒の手紙とに、関係がある事は一目瞭然だったが、それ以上に俺の目は男の尻に釘付けになっていた。


 男のズボンの隙間からは、黄金色のフサフサとした狐の尻尾がはみだしていた。

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