第3話 スワンプ、スランプ

 慌てた様子で那野葉が2、3度飛び退く。


「な、なんで⁉︎ 貴方の再生は頭が核になっているはず!」


 やっぱりか。体の主導権が那野葉にある時のことは覚えてないんだな。


「ノーコメント。いつも通り、眠ってもらうぞ」

「——……っふふ! あらそう。別にいいわぁー」


 那野葉が自分の左手の甲に右手を突っ込んだ。そこから血が漏れ出すことはなく、代わりに赤黒く錆びついた古めかしい裁ち鋏が姿を表す。


「微塵切りにして袋に詰めちゃえばぁー、関係ないものねぇ」


 ジャキンッ


「ッ痛!」


 右手首を燃えるような痛みが襲う。反射的に痛みの原因を抑えようとして、右手首から先がないことに気づいた。

 見てみれば、切り離された右手のひらはすぐ足元に転がっている。


「何した」

「んんー……ノーコメント」


 ジャキンッ


 那野葉が宙で再び鋏を閉じると、左耳が地面に落ちた。同時に全力で地面を蹴り、那野葉に接近を試みる。


かいな


 ジャキンッ


はぎ


 ジャキンッ


ひかがみ


 ジャキンッ


「がはっ!」


 那野葉の数m手前で膝から下の感覚が途絶えた。直前の勢いのままに地面に体を強かに打ち付ける。

 間も無く断裂した脚は再生を始めるが、那野葉が鋏を閉じる度に身体の別の部位が切断され、立つ事を許さない。


 恐らく鋏を閉じる行為がトリガーとなって身体のどこかが切断されている。知らない能力だ。


「ふふふ。貴方も成長してるのかもしれないけど、私もう2年もこの体に取り憑いてるのよ。呪いはどんどん力を増してる。貴方に首を飛ばされても、1週間を待たずこうして出てこられるようになった」


 ジャキンッ


「その上、こうして新しい能力を発現させるくらいにね」


 ジャキンッ


「それに対して貴方はどう? 相変わらずただ死なないだけ。芸がない事この上ないわ」


 ジャキンッ


「ふふふ。血まみれでとぉっても、可愛らしい姿」


 四肢を失い地面に転がる俺を那野葉が見下ろす。その瞳にはいつものような純真な愛らしさは欠片もない。


「これから貴方を切り刻んで、その後は工事現場のコンクリートにでも混ぜて蘇らないようにする。次会うのは千年後かもね。何か遺言は?」

「……」


 ここまでの今日一日を振り返ってみる。そうしてみると、無駄にしてしまった時間の数々が嫌でも目についた。

 ストイックを自負していても、自分に満足できる日は少ない。少なくとも、今日はそうではなかった。


「もう少し、努力したかったな」

「そう。つまらない子」

 

 那野葉が大きく鋏を開く。

 それが、最後の記憶となった。


「……ふぅ。ようやく全部片付いた」

「長かったわ、2年間! うふふふふっ! これでやっと私は自由! まずは何をしようかしら?」「子供……そう! 子供の悲鳴が聞きたいわね! 近くの住宅街にでも————あら?」


 呆気に取られたソイツは、普段の那野葉に少しだけ近い表情をしていた。

 切り落とされた頭は重力に従い、鈍い音を立てて地面に落ちて半分潰れた。


「なんで———か————っで——」

「千年もかからなかったな。それじゃまた来週」


 残された那野葉の体が倒れたのと、俺が頭を踏み潰したのは殆ど同時だった。


「うーん。頭を切断して複数の体を同時操作するのはいいアイデアだと思ったんだがな」


 役目を終えたように元の黒い泥に戻った自分の死体を眺める。


 今朝、秘密基地で俺は普段通りに再生能力を確認する為の切断実験を行った後、以前から考えていたこのシステムの運用の練習をすることにした。

 具体的には那野葉に頭を落としてもらい、頭から体が生えた方は学校に向かい、体から頭の生えた方は家で筋トレに励んでいた。


 その後、もう1人の俺から連絡を受けて来てみれば丁度相手が油断してるようだったので、家から持って来たナタで背後から那野葉の首を落としたという訳だ。


「まず、疲労感が分散されなかったな。どういう訳かBluetooth的なノリで遠隔でも繋がる。その上、不死身から半不死身になるのが痛いなぁ」


 救いがあるとすれば半不死になるのは2人いる時だけで、1人になった今は不死に戻ってるっぽいところか。

 まぁ、肌感だから明日の朝の実験次第だけど。


「……う、うぅん」


 頭の生え変わった那野葉が、ゆっくりと上体を起こした。口は、裂けていない。


「また出てきたらってのは杞憂だったか」

「あ、外羽。終わったんだ…って、私の服血まみれじゃん!」

「あー、血が出ないように切ったんだけど、ちょっとはな」


 那野葉が不服を露わに眉をへの字に曲げる。


「はぁ〜。レインコートはいいけど、コッチはお気に入りの服だったんだよ! 次からは頼んだよ?」

「善処する。ほら、肩貸せ。貧血だろ?」

「うむ、苦しゅうない」

「なんじゃそりゃ」


 いつものように軽口を叩き合いながら、家路を辿る。途中で俺のバックを回収しつつ那野葉を家まで送り届けた後、自宅に着いたのは普段より2時間ほど遅れての事だった。


「遅かったわね」


 居間でクロスワードに耽っていた母さんが顔を上げる。自分の服にまだ血がついてる事を思い出し、慌てて行き先を居間から洗面所に切り替えた。


「ご飯あっためようか?」

「自分でやるから大丈夫。サンキュー」

「放課後の練習は程々にしなさいね。無茶しちゃ明日以降に響くわよ」

「はーい」

 

 適当な服に着替えてからキッチンに向かい、冷蔵庫の食事を電子レンジで温める。

 少し萎びたコロッケと添え物のキャベツをお盆に乗せ居間に向かうと、机の上に置かれた見慣れない真っ赤な封筒が目についた。

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