第2話 予定外

「はーい、皆おはようー」


 HR開始のチャイムが鳴り響くのと同時に、担任の英語教師が姿を現す。

 今日は特に連絡もなかったようで、5分ほど話をすると教師は教室を後にし、今朝のHRはお開きとなった。


 猿川含め友人達と軽く雑談をしていると、間も無く授業の開始時間となる。

 1時間目は現国だった。

 好きでも嫌いでもない科目だがノートを取る手は休めない。出来る限り情報を得るため必死になっていると気づけばチャイムが鳴っていた。

 その後も数、歴史、物理と、授業変更もなく予定通りの日程をこなしていく。

 そうして、何か変わった事が起こる事もなく、あっという間に昼休みを迎えた。


「そーいやさー、外羽って3組の那野葉さんと付き合ってたりすんの?」


 俺の机に弁当を乗せて食っていた猿川が、思い出したように呟いてスマホから顔を上げた。

 思わず口に運んでる途中だった唐揚げが宙で止まる。

 

「え、いやっ全然」

「何だその反応。怪しいな」

「いやいやいや。いきなり過ぎてビビっただけだわ。どっから湧いてきたその噂」

「田島がお前と那野葉さんが一緒に居んの見て、ほぼ確定で付き合ってるっつって来たぞ。昨日の夕方」

「あんのバカ島〜」


 隣のクラスの友人にいずれ仕返しする事を決めつつ、俺と那野葉の関係をこの場でどこまで話すべきか少し思案する。

 猿川はアホっぽいけど思慮深いところもあるから案外全部バラしても……。

 いや、やっぱやめとこ。


「で、実際どうなん? 確かに顔は可愛いけどよ」

「友達だよ。友達」

「外羽〜、さてはさっきの歴史の授業寝てたな。男女間の友情は成立しないって紀元前から決まってんだよ。付き合ってんだろ? 吐けば楽になるぜ」

「小学校の幼馴染なんだよ。中学は他校でちょっと疎遠だったけど、高校は同じになったから話す事も増えたんだ」

「かー! 出たよ幼馴染! 紀元前から高校でよりを戻す幼馴染とは付き合うって決まってんだよ。やっぱ付き合ってんだな?」


 訝しげな表情で猿川が追求してくる。

 妙なしつこさに違和感を覚えるが、その理由は間も無く分かった。


「ダチとして忠告しとくけど、あんま深く関わんない方がいいと思うぜ。ほら3組の那野葉さんって言や、入学早々『赤猫事件』で話題になったろ? ヤバ女だ」

「……あぁ。そうだな」

「? ……まぁ、なんかあったら教えてくれよ? 」


 そこから猿川は話題を変えて、最近好きな女優の話を始めたが、詳しい内容はよく覚えていない。

 午後の授業を終えて、放課後を迎える頃には、俺は普段より随分疲れたような気がしていた。

 それでも日課の走り込みと、部活の練習は何とかこなし、重い体を引きずって普段より少し遅く帰路に着いた。


「よっ。なんか疲れてる?」


 家までの帰路の中ほどで、突然電柱の裏から見慣れた顔が姿を表す。特徴的な青と黄色の、二色のツインテールが、頭の動きに一拍遅れて靡いた。


「那野葉」

「YES。那野葉だよー」

「こんな所でどうしたんだ? 今日は木曜日だろ。まだ周期は」


 言いかけて気づく。那野葉の体は寒さを堪えるように小刻みに震えていた。

 わざわざ俺を待ち伏せするほどの要件は、一つしかない。


「……もう、出てくるのか?」

「みたいだねー」

「良し。直ぐに基地に行くぞ。まだ歩けるか?」

「ちょっと厳しいかも。おんぶして」

「分かった」


 カバンをそこらの茂みに放り投げて、那野葉を背負う。中学の途中から急激に痩せ始めたその体は、背負うとあまりの軽さに不安を覚えた。


 夜の闇が飲み込み始めた街を駆け抜け、最短経路で基地の付近まで辿り着く。


「もうちょっとだ。何とか耐えて——かはッ!!」


 突然、首に重機で圧力を掛けられたような痛みを感じる。

 まずい。間に合わなかった……!


「……私、キレイ?」


 脳髄を引っ掻くような悍ましい声が耳元で聞こえる。

 直後、俺は那野葉に首を引きちぎられた。


「あははははははっ!」


 耳元まで裂けた口を歪めて那野葉が笑う。

 那野葉はまだ瞬きをやめない俺の頭を地面に投げ捨てると、狂ったように何度も何度も繰り返し踏み潰した。

 人間離れした怪力で、アスファルトに蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


「ほーんと、バカな子。不死身の貴方も、頭を潰して仕舞えば何もできないのに。こんなに簡単に背後を明け渡すなんて。脳みそは再生できなかったのかしらぁ! あははははは!」


 本当にコイツは癪に触る。

 那野葉の体で気色悪い事してんじゃねぇよ。

 何より

 

「……お前が出てくるのは金曜の夜だろうが」

「げぎっ⁈」

 

 直前まで笑っていた那野葉が素っ頓狂な声を上げる。

 恐らく、鼻より上がまだない状態で喋る俺の姿は、この怪物からしても相当に気色の悪いものなのだろう。


 熱を帯びた頭から、止めどなく血と黒い何かが溢れ出す。間も無く、視界が完全に回復し、俺は自分の頭が再び生えてきた事を確認した。


「ルーティンを……崩すんじゃねぇよ!」


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