6.26: 世界の座標
冬の朝の光は、すべてを正直に映し出す。
洗面台の鏡に立つ僕の顔には、それがない。
君の左目のすぐ下。
小さな、本当に小さな黒い点。
僕が世界の座標と呼んでいた、あのほくろが。
「僕の北極星」
そう言って指でそっとなぞると、君はいつも、くすぐったそうに笑いながら瞼を閉じた。その瞬間の、わずかに震える長い睫毛が好きだった。喧嘩した日の夜も、どうしようもなく不安な朝も、その小さな点を見つめるだけで、僕は自分のいるべき場所がわかる気がした。まるで、荒れ狂う海の上で見つけた、たった一つの灯台のように。
インクをぽつりと落としたようなそれが、僕の世界の真ん中だった。
でも、もう君はいない。
君の笑い声も、柔らかな髪の匂いも、僕の名前を呼ぶ少し掠れた声も、この世界のどこからも消えてしまった。空っぽになった部屋。空っぽになった僕の隣。
鏡の中の男は、ひどく間の抜けた顔をしている。
当たり前だ。座標を失った航海士なんて、ただの漂流者でしかないのだから。
虚しさに息が詰まって、無意識に顔に手をやる。
その時、ふと、気づいた。
僕の右手の人差し指が、ごく自然に、自分の左目の下を……そっと、なぞっていた。
まるでそこに、大切な何かがあるみたいに。
何度も、何度も。
ああ、そうか。
君は、いないんじゃない。
僕の中に、染み付いてしまったんだ。
この指先に、このどうしようもない癖の中に。
鏡の向こうの僕が、ほんの少しだけ、笑ったように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます