その日、小学校で起きたこと(Aさんの話)

 ――Aさんは、BさんとCさんに確認しながら、その時の話をしてくれた。


「確か、8月末のことだったと思うけど……そうだよな? ええと……ここいらでは夏休みが短く、お盆明けにはもう2学期が始まります。そのぶん冬休みが長いんだけど、どうにも損をしている気がしたもんですよ――」



                 § § §



 その騒ぎが起きたのは、お昼ちょっと前のことだった。

 突然、校長先生が自分のクラスにやってきて、担任の先生を廊下に連れ出した。


 担任は、まだ若い男性の先生だった。

 K原先生、あだ名はバラセン。

 怒ると怖いけど、明るくて人気のある先生だった。


 校長先生は、彼に強い口調で何か言っていたが、内容までは聞き取れなった。

 K原先生は、教室に戻って来ると、


「学校の中に犬が入って来て危ないから、少しのあいだ静かにしているように」


 そんなことを言って、窓に鍵をかけ、なぜかカーテンまで閉めた。

 それから「絶対に窓の外を見ないように」と、訳の分からないことを指示する。


 自分たちは、小学生と言っても高学年であったから、


(あ、これ、何かヤバいことがあったな)


 というのを察していた。


 お盆明けの真っ昼間、いくら東北とはいえまだまだ暑い。

 当時は、教室に冷房なんてないから、だんだん蒸し暑くなってきた。


 すると、市の防災放送が遠くから聞こえてきた。

 窓が閉まっていたし、教室もざわざわしていたから、全てを聞き取ることはできなかった。しかし、


「安全のため、家には鍵をかけて……」

「外には出ないように……」


 そういったことが断片的に耳に入ってきた。


(ノラ犬にしては大げさなんじゃないの?)


 その時、校庭からすさまじい笑い声が聞こえた。

 窓ガラスがビリビリ震える。

 まるでサイレンのような物凄い大きさで、


「ひゅう~ひゅひゅひゅ、ひゅう~ひゅひゅひゅ」


 と笑うは、明らかに異常で非現実的な存在だった。


 クラスの誰かがカーテンをめくって外を見ようとするのを、K原先生が必死に止めている。怖がって泣いている子もいた。


 ……それからどれくらいたっただろうか。

 バタバタと足音がして、今度は教頭先生がクラスにやって来た。

 またK原先生が呼び出され、しばらく話をしていたが、どうにも納得いかないような顔で戻ってきて、


「もう、だいじょうぶだってさ。とりあえず給食にしよう」

 

 そう言うのであった。


 その後、午後の授業は中止され、児童はみな帰宅することになった。

 帰宅に当たっては、保護者を迎えに来させるという念の入れよう。

 学校の前に車が並んで、渋滞を引き起こしたほどだ。


「誰かに怪我をさせたノラ犬がまだ捕まらずにいるんだって。怖いねえ」

 

 迎えに来てくれた私の母親は、そんなことを言っていた。

 私は、それが嘘っぱちであることを知っていた。


 だって、犬は絶対にあんな声で鳴かない。


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