第7話 魔女の休日③
突然玄関から「ただいまー!」と大きな声が聞こえてきた。そしてその声の主である少女がリビングへと入ってくる。
「パパただいま!」
「ミミ、おかえり!」
ルイスさんは今確かにミミと言った。ということは、この少女が…。
「あ!ココちゃんだ!」
すると少女は次にココへと視線を移す。
「ミミちゃん!学校お疲れ様!」
そしてそんな端的な会話をして少女は最後に私へと視線を移す。
「あれ?パパ、この人だぁれ?」
「あぁ。この人はね、」
「私の友達のイブ・ソーサリーよ」
私の事をルイスさんのかわりにココが紹介する。私はなるべく明るく笑顔で挨拶する。
「こんにちは。私はイブ・ソーサリー!気軽にイブさんでもなんでも呼びやすいように呼んでいいからね!」
「こんにちは!ミミです!よろしく!イブさん!」
私たちはお互いに軽く自己紹介する。だがミミちゃんは先ほどから私の顔をじっと見ていた。私はそれが気になり思わず尋ねる。
「ミミちゃん、どうしたの?私の顔じっと見て。」
「あ、いや、そのぉ…。」
「もしかして…、私が美しすぎて見惚れてたり?」
「いえ、そんなんじゃないです」
きっぱりとそう言われてしまった。いくらメンタルオバケの私でも少し心にきたかもしれない。あぅぅぅ。
私たちがそんな会話をしているとルイスさんが「コホン…」と咳払いをして改めて本題に入ろうとする。
「会話が盛り上がってるとこ悪いね。そろそろ本題に入ろうか。」
言うて盛り上がってたか?私がただただメンタルブレイクされただけのような。ルイスさんはミミちゃんに視線を送って言う。
「ミミ、悪いね。これからパパたちは大事な話があるから部屋に行っててくれるかい?」
ミミちゃんは疑問符を一つあげずに無言で去っていった。その小さな背中からは先ほどの元気がまるで嘘のように悲しそうでさらに小さめ見えた。やっぱりココの言ってた事が…。
「ミミちゃん。さっきまでは元気でしたけどやっぱりココの言ってた花壇のことが…。」
「うん…、そうだね。」
ココも思っていることは一緒のようですぐに共感してくれる。するとルイスさんがいきなり立ち上がり言ってくる。
「ちょっと付いてきてくれないか?」
「え?どこに…。」
「ミミがあのような感じになってしまった原因の場所へ…」
私は内心でびっくりする。だが私はその為に呼ばれたと自分の目的を再認識して静かに頷き、ココルイスさんに付いていく。ココはミミちゃんが心配のようで様子を見に行った。
そうしてルイスさんに付いていき、連れてこられた場所は庭だった。その庭には花がたくさんあったであろう花壇があったがその花壇は想像以上に悲惨な状態だった。花はすべて折られ、土も所々穴があったり掘り返した後があったりなどしていた。ミミちゃんが数日間ずっと落ち込む様子も頷ける。
「ひどい、ですね…。」
「あぁ…」
ルイスさんは心の底から悲しそうな表情で頷く。その悲しさは声にまで表れていた。ルイスさんは悲惨な状態の花壇を見つめながら語りだす。
「この花壇は、花たちはミミはもちろん、僕にとっても思い出を繋ぐ宝物なんだ。」
「思い出?」
「あぁ…。」
私が聞き返すとルイスさんはゆっくりと頷く。
「去年、僕の妻ががんで亡くなったんだ。」
「え?!」
私はいきなりの事に目を丸くする。しかしルイスさんは続けて語り出す。
「この花たちはね。妻の宝物だったんだ。妻は本当に花が大好きでね。毎日毎日この花壇の世話をしていた…。当然ミミも花が大好きで妻と一緒に花を育てていた。僕は花には詳しくなくてあまり何もしてやれなかったけどね…。今さらながら後悔しているよ。妻がなくなってからはミミが妻の大好きだったこの花壇を一生懸命育てていた。だけど…、」
私も再び悲惨な状態の花壇に目をやる。
「僕は、何も守れなかった…。」
ルイスさんは悲痛な声で言葉を絞り出す。
「妻も、僕たちの幸せな時間も、ミミの幸せな笑顔も、そして妻との思い出が詰まった、ミミと妻の宝物ノ花壇さえも…。」
「僕は医者でありなから何も守れなかった…。」
ルイスさんは膝をつき涙を流す。私は何の言葉をかけることもできず、ただただ呆然とルイスさんを見つめることしかできなかった。私は魔女でありながら、そして偉大な師匠の弟子でありながら自分の無力さを痛感するのだった。
それから数分後私たちはリビングに戻ってきた。リビングにはミミちゃんがソファに座りながら本を読んでいた。
「あ、パパとイブさん。」
すると私はココがいないことに気付く。
「ミミ。ココちゃんはどうしたんだ?一緒じゃなかったのかい?」
ルイスさんは私のかわりにそんな質問をする。
「ココちゃんさっきまで一緒にいたけど用事があるって言って帰ったよ?」
「おぉ~い。何親友を置いて先帰ってんやあの小娘はよぉ。」
すると突然受話器がけたたましくなる。ルイスさんがすぐに着信をとる。
「はい。ブライアンです。…わかりました。すぐ行きます」
そう言ってルイスさんは受話器を切り、私たちに向き直って言う。
「ミミ、イブさん、すまない。これからすぐ出て用事を済ませてくるよ。」
「用事って病院の仕事ですか?」
私は聞き返す。
「あぁ。急患のようでね。すぐにいってなげないと…。」
そしてルイスさんはミミちゃんに顔を向けて言う。
「ミミ、すまないね。今日も遅くなりそうだ。戸締まりはしっかりしておくんだよ?」
けどミミちゃん、黙ったまま俯いていた。
「ミミ?」
ルイスさんも不思議に思ったのか名前を呼ぶ。するとしばらくしてからミミちゃんが顔をあげて言った。
「うん、わかった。パパ、お仕事頑張ってきてね…!」
ミミちゃんは笑顔でそう言っているがその笑顔の裏には何かに我慢していることは私でもわかった。そして私でも気付くのだから親であるルイスさんが気付かないはずもなく問いかける。
「ミミ?どうかしたのか?元気なさそうだが…。」
ルイスさんは問いかけるがミミちゃんは作り笑顔を浮かべながら答える。
「大丈夫だよ。それより早くいってあげてパパ…。急患さん、なんでしょ…。」
そう言うとミミちゃんはリビングを去ろうとして、去り際に小さく「いってらっしゃい…。」と一言言って部屋に戻っていった。
「ミミ…。」
ルイスさんは悲しそうな表情でミミちゃんが去っていった方を見ており、そのまま玄関に向かう。その背中からは悲壮感で溢れていた。私はそんな背中を見て、さっきのミミちゃんとのやりとりを思い出し思わず声をかける。
「あの、ルイスさん!」
ルイスさんは静かに振り向き顔をこちらに向ける。その顔からは悲しみの感情が読み取れた。そんなルイスさんに私は笑顔で、大きな声で告げる。
「大丈夫です!ミミちゃんは私に任せてください。」
そんな私の言葉にルイスさんは目を見開いて驚いていた。
ある魔女は涙を流さない 前 @hika3
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