第10話 たった二人の革命

 翌日から二人は住居ドームで、教育センターで、声高に訴えを始めた。そしてその訴えの内容は聞く者を唖然とさせ、噂は野火のように広がっていった。

「子どもの食事に成長を阻害する薬が入っているって」

「意図的に成長させないようにする食事なんてありえない」

「子どもにそんなものを食べさせていたなんて」

 二人の意図をはるかに超えて、訴えはたちまち大きなうねりになった。

 教育センターでは、ほとんどの生徒が食事に口をつけることさえなかった。

 噂を聞きつけた警備隊がおっとり刀で駆け付けたものの、仕事や運動義務を放り出して集まった子どもの親たちの前に為す術がなく、ただ呆然とその光景を見つめることしかできなかった。

 集まった親たちに向けて、サンドラは一人一人語り掛け、イベールは自身が発見した物質の効果と意味を、拳を上げて大演説した。

 特にイベールの言葉は、農業部門の親たちが支持した。部門の才媛であるイベールがこんな大それた嘘を言うわけがないと、彼女をよく知るがゆえにすぐに理解したからだ。そこから、半信半疑な者、噂の真偽を確かめに来た者へと、農業部門の少なくない人数が伝えてまわった。イベールは信用できる人間で、必要であれば自分たちも子どもの食事を分析すると請け負って、いずれ同じ結果が出るはずだとも言ってまわった。その光景を目の当たりにしたサンドラは、イベールはやはり凄い人物なのだと改めて感心するばかりだった。


 当然ながら同調して賛意を示す者ばかりではなく、とんでもない大嘘だと二人を否定する者もまた同じくらい多くの人数が集まった。その中にはラッセルもいて、苦々しい渋い表情でサンドラを睨みつけたが、その日は何も言わずに退散していった。

 その日の夜、二人の住居ドームの入り口は、万一の乱入者などが現れた場合に備えて農業部門のメンバーが数人交代で警備役を買って出たのだった。

 同じ頃、ラッセルは一人睡眠ルームに籠り、わなわなと震えていた。自分が生体データのことを黙っていることでサンドラに機会を与え、それまで受け流されて済まされてきた好意に対する見返りを得るはずだと、その日の朝まで確信していた男は、予期しない全面的な反抗を公然と行い、あまつさえ体制批判に及んだことについて、瞋恚の炎をたぎらせていた。

「これは裏切りだ。反逆だ」

 そう呟くと、怒りはあっという間に憎悪へと転化していった。あの女が余計なことを吹き込み、サンドラを扇動したに違いないと、イベールにもその憎しみの矛先を向けた。


 ラッセルがそれまで尽くしてきた社会と、それを維持してきた植民地憲章に対する背信行為はとても許せるものではなかった。そしてサンドラの生殺与奪を握っていたはずの切り札が、もはや何の意味もなくなってしまったことが、暗い情念をさらに刺激した。

 二人が子どもの食事に薬物が混ぜられていると言い張るだけではなく、運動義務すら火星で暮らす上で価値がない義務なのだと宣言していたことに、ラッセルは強い憤慨を覚えた。運動義務が無くなれば、故郷に帰ることができなくなってしまうのに、それが理解できないはずがないのに。そう思うと増々許すことなどできるはずがなかった。

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