第8話 舞踏会直前! コーデリアの空回りと第二王子の企み①
コーデリア・フローランは、自分の部屋に用意した仮縫い用のドレスを前にして、大げさなくらいの笑みを浮かべていた。すぐそばで待機しているメイドが針と糸を手に戸惑いの表情を浮かべているが、コーデリア本人はそんな空気などまったく意に介さない。
「ねえ、見てちょうだい。この裾のライン、宝石の配列、どこをどう見てもゴージャスかつエレガント! これなら当日の舞踏会で私が主役になるに決まってるわ!」
力強く宣言するコーデリアの瞳は、まさしく狙いを定めた猛禽類のよう。しかし、メイドはチラリと視線を落としつつ、「いえ、強烈に派手なだけという気も……」と小声で呟く。それでもコーデリアは耳を貸そうとしない。
「だって、リリエッタなんかに負けるわけにはいかないもの。彼女は公爵令嬢だし、昔は王太子の婚約者だったからって調子に乗ってるけど、今度の舞踏会では私こそ真の“お似合い”を証明してみせるわ!」
堂々とした口ぶりで言うものの、実際のところ、リリエッタがどんなドレスで挑むのかコーデリアは知らない。しかし、そこは自分の圧倒的なセンスでねじ伏せられると信じているらしく、「華やかさこそが勝利の鍵」と鼻息を荒くする。
一方、メイドのほうは明らかに心配そうな顔つきで、刺繍の図案を改めて確認していた。
「あの、コーデリア様。確かに素敵なデザインですけれど、これほど大ぶりの宝石を散りばめると動きづらいのでは……? あまりに重たくて、うまく踊れない恐れがありますわ」
「そこは心配無用よ。踊りの最中に苦しむなんてありえないわ。これくらいで躓くようじゃ、お高い舞踏会で王太子殿下の隣に立つ資格なんてないでしょ?」
メイドはしゅんと肩を落とす。頭の中で「うまく踊れないどころか、自爆する可能性が高いのでは」という思いが渦巻いているのだが、コーデリアが聞く耳を持つ気配はない。最終的にまた派手な転倒でもするのでは、と想像してしまうが、それを口にすれば怒られるに決まっている。
「それに、今回は殿下とツーショットで注目を浴びるチャンスだもの。最近、あの方ったら何かと面倒くさがってるけれど、私がこんなに輝いていれば“そりゃあお前こそふさわしい”と認めるはずだわ!」
まるで自信に満ち溢れたコーデリアの言葉に、メイドは「ですが、殿下はどうも乗り気ではないと……」と遠慮がちに切り出す。先日も、殿下が興味なさそうにあくびを噛み殺している場面を見かけたばかりなのだ。
「大丈夫よ! 王太子殿下がやる気を出さないなら、私が引きずってでも連れ出すから。舞踏会の当日に隣に立って注目を浴びてしまえば、こちらのもの。殿下に文句を言わせる隙すら与えないわ!」
どうやらコーデリアは、王太子が興味を示していないどころか面倒くさがっていることをまったく理解していない。あるいは、理解していても「私が魅力的すぎれば問題ない」と上書きしているようだ。メイドはそんなご主人を横目に、さらに言葉を尽くして警告する。
「ですが、コーデリア様。過度な飾りは本当に危険ですし、殿下がドレスに踏みつけたり、引っかかったりする恐れも……。以前、似たような失敗をされたとか……」
「失敗なんてもう二度としないわ! あれはちょっとした不運だっただけ。今回は綿密に計算してるのだから大丈夫よ。たとえ引っかかろうと、私が臨機応変にエスコートすればいいんだから」
臨機応変という言葉とは裏腹に、コーデリアの計画には「余計な要素をどんどん増やす」という矛盾が混在しているとしか思えない。だが、当人は「私が正しい」「私こそが殿下にふさわしい」の一点張り。メイドは呆れるしかない。
「そうですね……。では刺繍糸や宝石をこれ以上増やさないように、せめて配色だけでもバランスを考え――」
「やっぱりもっと増やしましょう! そうよ、リリエッタなんかとは次元の違う豪華さを示すためにも、さらに目立つ装飾を追加するべきだわ! ああ、そうだわ。裾だけじゃなく胸元や袖にも散りばめて……!」
「こ、コーデリア様、そんなに載せると布が耐えきれないかと……!」
メイドが慌てて制止するも、コーデリアはまったく耳を貸さない。今や彼女の頭の中は「どうすればリリエッタより華やかに注目を集められるか」という一点のみで占められており、実用性や安全面は完全に無視されていた。
「ふふ、リリエッタなんて、所詮お高く留まった公爵令嬢に過ぎないんだから。男はみんな華やかな花を好むのよ。王太子殿下だって、私のほうがよほどお似合いだって思い直すはず」
空回りしながらも、コーデリアはその妄想を止められない。もしここで誰かがはっきり「殿下はあなたに乗り気ではない」と告げれば、少しは思いとどまるのかもしれないが、その役目を担えそうな友人や同僚はどうやらいないらしい。メイドも立場上、強く反論できず、ただ「はい、コーデリア様」と苦笑いを浮かべるしかない。
「いいわね。舞踏会当日まで時間がないけれど、徹夜でもなんでもやってちょうだい。とびきりの衣装が完成したら、殿下のハートを鷲掴みにするのも簡単だわ!」
「……は、はい。でも、殿下が本当に付き合ってくれるのかどうか……」
「そこをなんとかするのが私の腕の見せどころよ。あ、そうそう、今からあの取り巻きたちにも声をかけておかないと。準備は周到にしなくちゃ」
コーデリアはメイドに向かって指示を飛ばしながら、すっかり自分が“次期王太子妃”であるかのような態度で胸を張る。夜会などでは何度か恥をかいてきたが、今回は断固として自爆しない自信があるらしい。とはいえ、それだけの要素を詰め込んだドレスでダンスが本当にうまくいくのか、少なくとも彼女のメイドにはまったく想像がつかない。
「そもそも、殿下は最近ずっと浮かない顔をしてるって話ですよ? 舞踏会でも積極的に踊る気はなさそうだとか」
「そんなの私が盛り上げてあげればいいのよ。ちょっとした色仕掛けなり、甘い言葉なり、王太子なんて単純な人なんだから。……うふふ、すべて私の手のひらの上ってわけ」
そう言い放つコーデリアの笑顔は、もはや確信めいた自信に満ちている。だが、その前提には「王太子が自分と踊ることを承諾してくれる」という大きな落とし穴があるのに、彼女は気づいていない。
「……かしこまりました。では、ドレスの方は全力で仕上げておきますね」
「ええ、頼むわ! 当日は誰よりも目立って、リリエッタの存在なんて霞んで見えるくらいになってみせるのよ!」
大きく胸を張るコーデリアと、その背後で微妙な表情を浮かべるメイド。こうして壮大な空回りの予感を背負いながら、コーデリアの舞踏会準備は突貫で進められていく。肝心の王太子に全く意欲がないことを知らず、彼女はひとり“勝利”を確信し、より一層ド派手な道を突き進むのだった。
それが単なる自滅への最短ルートという可能性には、今のコーデリアは見向きもしない。むしろ「これさえあれば絶対に成功する」と強く信じているかのようだ。
果たして彼女の準備が結実するのか、それとも予想どおりの惨事を招くのか――当の本人だけが、自信満々でおめでたい妄想に浸っている。常識的な判断からすれば、どこかで気づいてほしいけれど、コーデリアは相変わらず前進あるのみ。王太子と並んで注目を浴びる未来を夢見つつ、メイドにさらに無茶な仕様変更を命じるのだった。
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