第8話 舞踏会直前! コーデリアの空回りと第二王子の企み②
その日、第二王子セバスティアン・イグナシオは、離宮の一室にて側近のひとりを呼び出していた。広々とした応接間の中央に置かれたソファに身を沈め、窓から差し込む柔らかな光を受けながら、どこか退屈そうに指先でテーブルをトントンと叩く。かと思えば、一瞬だけ唇の端をつり上げ、まるで新しい玩具を手に入れた子どものような冷たい喜びを漂わせている。
「殿下、失礼いたします。お呼びとのことでしたので参りましたが……」
部屋に入ってきた側近は、セバスティアンの表情をうかがいながら控えめに声を掛ける。いつものことだが、王太子の弟であるこの男には、どこか油断ならない雰囲気がある。軽く目を伏せているだけなのに、まるで相手の心を読み取っているかのように見えるのだ。
「ちょうどいいところだ。おまえも知っているだろう? 今年の大舞踏会で、父上が“王太子の婚約破棄騒動”をはっきりさせると決めたらしい。まったく……呆れるような思いつきだが、うまく使えば悪くない」
セバスティアンはふと窓の外へ視線を投げ、ゆるやかな微笑を浮かべる。側近はその微笑にゾクリとしながらも、慎重に言葉を選んで先を促した。
「殿下は、王太子殿下をどうなさりたいとお考えでしょうか。もしや、殿下ご自身が……」
「言わなくてもわかるだろう? あの愚かな兄が舞踏会で大恥をかけば、自然と俺の株が上がる。父上にも好印象を与えておけば、今後の展開はより有利になるに違いない」
毒気を含んだ笑みが、セバスティアンの口もとに深く刻まれる。兄をどうにか引きずり降ろしたい、そんな思いが透けて見える。その一方で、言葉の端々には“手を下すのは自分ではない”という余裕も感じられた。要するに、王太子が自滅するよう誘導しているのだろう。
「なるほど。殿下は兄上が自ら墓穴を掘るよう仕向けるというわけですか。それこそ、殿下がわざわざ手を下さなくても……」
「ふん、王太子が何かしらの失態を演じるのは時間の問題だ。それだけじゃ面白くないが、舞踏会という全員が注目する場で醜態を晒すなら、なおさら華々しいだろう? 下手に取り繕ったところで、あの男の愚行はもう周知の事実。むしろ今は“どう盛大に転ぶか”を待つくらいだ」
肩をすくめるセバスティアンの瞳には、冷ややかな光が宿っている。兄を落とすために大掛かりな企みをするでもなく、ただ状況を作って後押しするだけ――彼の得意な形だと言える。何もしないのではなく、必要最小限の手を打つことで、相手が勝手に落ちていくのを眺めているのだ。
「それに、先日から少々面白い駒が動いているようじゃないか? 王太子に恨みを抱いているお嬢様とか、コーデリアとかいう残念な令嬢も……。まあ、余計な衝突が勝手に起きれば、さらに好都合だろう」
「たしか、殿下は以前リリエッタ様を少し興味深いとおっしゃっていましたね。やはり公爵家のお嬢様との連携もお考えなのでしょうか?」
側近はチラリと探るように尋ねる。すると、セバスティアンはニヤリと笑みを浮かべ、指先でテーブルをトントンと叩き続ける。まるで「その話題はまだ教えてあげない」と言わんばかりの仕草だ。
「さあな。別に連携するとは限らない。むしろ、あの公爵令嬢がどれほど頭が回るか試してみたいだけかもしれん。それに、必要になればいつでも“声をかければいい”程度の関係にしておくのが一番扱いやすい」
「……なるほど。殿下はあくまで自分のペースで進めると」
「そういうことだ。どこかの馬鹿みたいに、大々的に敵意を示して騒ぎ立てるのは面倒だろう? 俺はスマートに物事を進めたい。王太子の醜態を見届けて、そのあと父上に“俺のほうがまとも”と納得させれば十分だ」
あくまで兄を押しのけるのが最終目的。しかし、言わずもがなセバスティアンの思惑はそれだけでは済まない気配がある。側近はその底知れない野心を感じながらも、肝心な部分は本人が言及しないため、手探りで行動するしかない。
「承知いたしました。舞踏会では兄上が失敗を犯しやすいよう、私どもも少しは動いてみましょうか?」
「ふん、そこまでする必要があるかどうかは状況次第だ。むしろ下手な手出しで兄上に勘づかれては面倒だ。とはいえ、舞踏会は大勢の客が集まるし、最近噂の“公爵家の逆襲”もあるからな。俺たちが見守っているだけで、きっと面白い結果になるはずだ」
セバスティアンの腹黒い笑みがいっそう深くなる。兄が自滅するのを放置するだけならまだしも、時々彼自身が油を注ぐような形で王太子の恥を拡散しているのではないか――そんな疑惑さえ浮かぶ。だが、側近としては上司の意を汲んで黙って従うしかない。
「了解しました。舞踏会まではあくまで静観するのが基本、必要があれば裏で少し手を加える程度、ですね?」
「そうだ。まあおまえも程々に動いてくれ。無理に先走って俺を煩わせるのはやめてほしい。お前らには兄の情報を適度に拡散してもらえればそれで十分だ」
「かしこまりました。殿下の望む結果が得られるよう、全力でサポートさせていただきます」
セバスティアンは満足げに目を細める。無能だと笑われがちな兄に対して、すでに同情する者は少ない。もともと浪費癖や女性問題など、醜聞が多すぎるのだ。それらをまとめて公開処刑する場として舞踏会が用意されるのなら、セバスティアンはそれを利用しない手はない。
「父上が思いつきで企画した舞踏会が、まさかこんなに都合よく働くとはね。俺はあくまで“たまたま会場にいるだけ”のスタンスで充分だろう。それでも、最終的に残るのは誰か……楽しみだ」
窓の外を眺めながら呟くセバスティアン。その言葉の奥には確信めいた何かがうかがえる。彼にとって、王太子と公爵家がぶつかり合う光景はまさに“兄の失脚”を後押しする格好のチャンスであり、仮にリリエッタが台頭してきたとしても、それはまた別の駒として利用できる可能性があるのだろう。
「舞踏会当日が待ち遠しくなってきたな。……さて、少し散歩でもして頭を冷やすか。兄上がまた変な噂を振りまいていないか確認してきてくれ」
「承知いたしました、殿下。では失礼いたします」
側近が退出していくのを見届けると、セバスティアンはわざとらしくため息をつきながら軽く伸びをした。やはり退屈は嫌いだという表情には、うっすらと“この国の未来さえも掌中に収める”といった意欲が見え隠れする。
「兄上がどれほどバカをやらかすのか……まったく、はらはらする。でもまあ、その場で滑ってくれれば俺の手間も省けるというもの」
小さく呟いて部屋を後にするセバスティアン。その姿はあくまでも余裕に満ちていて、周囲に緊迫感を感じさせない。だが彼が本気で“兄を追い落とす算段”を進めているのは明らかであり、王太子にとっては死活問題となりうる危険がそこに潜んでいる。
このまま舞踏会まで冷静に待ち、状況が熟したところで一気に仕掛ける――彼のシナリオはすでに整っているかもしれない。そんな第二王子の影が、じわじわと広がる王宮の空気を、さらに不穏なものへ変えていくのだった。
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