第7話 国王フレデリックの珍采配③

 父の気配は遠くからでも分かる。重々しい足音と、その場の空気をぴりりとさせる独特の存在感。私が書斎でレオンハルトとノエルを交えて舞踏会の作戦を練っている最中、廊下を進んでくる足音が耳に届き、瞬時に「まずい」と感じた。なぜって、あの人が突然やって来るときは大抵、ろくでもない発想を持ってきて騒ぎを起こすからだ。


 ドアが大きく開き、ヴォルフガング――私の父が入ってくる。相変わらずの筋肉質な体躯に、鋭い眼光。見るからに“暴力的な解決策”をぶち上げそうな雰囲気に満ちている。それもそのはず、父はかつて戦場で“狂犬”と呼ばれたほどの武勲を誇り、問題を力で押し通すことに一切のためらいを持たない人なのだ。


「リリエッタ、レオンハルト、それとノエル。おまえたちが話し合っているというのは、この“舞踏会で王太子と決着”などという噂のことか?」


 父が椅子も勧められないまま無遠慮に部屋の中央へ進む。私は慌てて立ち上がり、「ええ、そうですけど……どこでその話を?」と問いかけると、父は鼻で笑った。


「どこで聞いたも何も、城下に戻った兵士たちが噂していた。それに舞踏会で真相を究明するのだろう? ならば話は早い。わしが王太子を叩きのめして、いっぺんに解決してやろう」


「はあっ!? ちょっと待って、父さま! 舞踏会で王太子を叩きのめすって、何を言ってるのよ!」


 思わず悲鳴のような声が飛び出す。この人はいつもこうだ。私がどんなに慎重に策を練えていようが「力で黙らせればいい」とか言い出してしまう。よりによって、国中の貴族が華やかに集まる場を“決闘の舞台”にされてはたまったものじゃない。


「おまえが婚約破棄などという屈辱を味わったのだ。わしとしては二度とそんなまねを許さないためにも、一発殴り飛ばしてわからせるのが手っ取り早いと思うが?」


「早いかもしれないけど、そういう問題じゃないわ! 大勢の客人が踊りを楽しむ最中に父さまが王太子へ殴り込みなんて、国中の一大スキャンダルになっちゃうじゃない!」


 私が声を張り上げると、ノエルが「お嬢様、落ち着いてください」とささやき、テーブルの端に置いてあった水差しをそっと差し出してくる。彼女の配慮に感謝しながら一口飲んで息を整えるものの、対面にいる父が言うことを聞くかどうかはまったく怪しい。


「ふん、スキャンダル? それがどうした。公爵家の名をなめられたまま許せというのか。わしには到底受け入れがたい」


「父上、それはわかりますが……やりすぎれば公爵家まで巻き添えで大変な事態になりかねません。今は妹に任せて、あくまで言葉と証拠で王太子を追い詰めるほうが得策かと」


 レオンハルトが口を挟むと、父は腕を組んで目を細める。彼なりに「暴力以外の手段」があるとは思いもよらないわけではないのだろうが、その優先順位がとにかく低い。普通なら最後の手段にしかならない強行策が、父には“最速最良”に映ってしまうのだ。


「まったく……娘があのバカ王太子に舐められっぱなしという現状に、わしが我慢できるはずもない。だが、おまえがそこまで言うなら、一度は聞くだけ聞こう。どうするつもりなんだ?」


「ええ、舞踏会では言葉と証拠を使って正々堂々と王太子を糾弾する予定なんです。ノエルがまとめてくれた浪費や醜行の数々を公衆の面前で突きつけて、一気に追い詰めるの」


 父が興味深げに眉を上げた。その口調にはまだ「で、無理なら結局わしが殴るんだろう?」という気配が残っているが、少なくとも耳は傾けてくれそうだ。


「……なるほど。殴らずとも、あの小僧を黙らせる方法があるというわけか。確かにわしも、無駄に血を流すのは望まん。たとえわしのほうが勝つと分かっていても、骨の一本二本は折られるやもしれぬしな」


「やたらリアルな話やめてよ! ……そう、だから大勢の貴族の前で殿下を恥さらしにして、私の婚約破棄を押し付けた不当性をみんなに知ってもらうの。それで充分ザマぁ…じゃなくて、報いを受けさせられると思うわ」


「ふむ。おまえのことだから、ちゃんと根回しもするんだろう。舞踏会なら周りは傍観者が多数いるから、証拠さえしっかり示せば文句なしに王太子を追い詰められるか」


 おっと、「ザマぁ」と言いかけた自分に赤面しそうになりながら、私は必死に冷静を保つ。父が少しずつ理性ある方向へ向かってくれるだけでも、この家では奇跡だ。ここで私が取り乱して「暴力以外にも手段がある」説得力を失っては元も子もない。


「それに公爵家の信用を失わないためにも、紳士淑女の戦い方を示すのが大事なんです。武力に頼らず、でも確実に奴を追い詰める。どうでしょう、納得してくださいませんか?」


 私が恐る恐る尋ねると、父はむずかしそうな顔でうなる。片手で顎を撫でながら「うーむ……」と唸るその様子に、ノエルとレオンハルトがそわそわと視線を交わしている。私も同様にハラハラしつつ、落ち着いて結果を待つしかない。


「……仕方ない。おまえがそこまで言うなら、ひとまず今回の舞踏会では、わしが殴り込みをかけるのはやめてやろう。ただし、もし王太子が何か企んでおまえを傷つけるようなことがあれば、即座にわしを呼べ。拳で黙らせてやる」

「え、ええ、ありがとう……」


 とりあえず父が渋々ながら納得してくれたことに安堵の息をつく。相変わらず危険思想は捨てていないが、最低限、舞踏会の場で血の雨が降る事態は回避できそうだ。背後でノエルがホッと胸をなで下ろしているのが見える。


「よかったです、お嬢様。これで心置きなく“暴露劇”に専念できますわね」

「ええ、本当に助かったわ。父さまが舞踏会でドンパチ始めたら、私の復讐計画がめちゃくちゃになるところだったし……」


 兄のレオンハルトも「まあ、父上がいつ暴れるかは常に警戒しておくが」と肩をすくめている。何かあればすぐに爆発しそうな人物がすぐ傍にいるのは緊張感が絶えないが、それでも今回の件に関しては「ひとまず黙って見守る」と言ってくれるだけ進歩だ。


「いいか、リリエッタ。失敗したら覚悟しておけよ。あの王太子をやり過ごすなんてできなかったときは、すぐにわしが蹴散らすからな。もちろん、レオンハルトも黙ってはいないだろうし」

「そこはもう本当に大丈夫。私のほうでしっかり準備してるから、安心して見守ってて」


 こうして、父の武力介入発言は私の懇願と兄のフォローで何とか回避された。今や私の頭の中は「舞踏会で王太子を完全に追い詰める」ための作戦で一杯だ。父が変に横槍を入れて事を荒立てる心配がなくなった分、思う存分やる気を出せる。


「よし、こうなったら絶対成功させましょうね、お嬢様。あの王太子とコーデリアとか、他にも邪魔が入りそうですが……全部まとめて踏み台にしちゃいましょう」

「うん、任せて。これは私にとっても大きな勝負だもの。父さまも、暴力なしでもちゃんと私が勝てるってところを見ててほしいし」


 私が力強く宣言すると、父は「ほう……見せてもらおうではないか」とニヤリと笑う。凶暴すぎるその笑顔にも負けない気合いが、今は私の胸に満ちていた。


 ――思えば、長かった。婚約破棄を言い渡されたあの日から、ここまで家族の過剰な愛情や狂信的な侍女、そして王太子やコーデリアの無茶苦茶さに振り回されながらも、ようやく大きく反撃する舞台が整い始めている。

 父の無謀な突進を止めて「穏便にやるから、任せて」と言えるまで成長した自分が、少しだけ誇らしい。あの人に負けない強さを示して、さらに王太子を葬る――まさに一石二鳥の戦いになりそうだ。


「さあ、あとは舞踏会に向けて最終的な準備ね。絶対に失敗しないように、念には念を入れないと……」

「そうだ、妹よ。俺もノエルも動くが、父上は無駄に動かないよう監視しておくから、心配するな」

「ええ、助かるわ。ありがとう、兄さま。ノエルもいつもありがとうね」


 彼らとのやり取りを重ねながら、私は改めて闘志を燃やす。舞踏会が楽しみなようで怖くもあり、しかしそれ以上に「王太子を倒すなら今しかない」という高揚感でいっぱいだ。

 父が騒ぎを起こすのを食い止めることさえできれば、あとは私の意地を貫くだけ――そう思いながら、私はドレスのイメージを頭に描きつつ、王太子が必死に足掻く姿を想像していた。どれほど見苦しく取り繕おうと、この勝負は譲らない。

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