第7話 国王フレデリックの珍采配②
あれは朝食を終えて間もない頃だった。新しい噂話を仕入れたノエルが、目をキラキラさせて私の部屋へ駆け込んできたのだ。ドアを開けるなり息を切らしながら報告する姿に、私は「また何か面倒な事件が起こったのかしら」と身構えてしまう。
「お嬢様、大変です! なんだか王宮の方々が、『今年の大舞踏会で婚約破棄の真相をはっきりさせるかもしれない』と話しているんです!」
「……婚約破棄の真相って、もしかして私と王太子のことを指しているの?」
「ええ、間違いなくそうみたいですよ! なんでも国王陛下の思いつき、という噂が広まっているようで……皆さん、急にそわそわしているようです!」
ノエルの言葉に私は思わず椅子から立ち上がった。今まで王太子とのゴタゴタは水面下で進んでいたけれど、ここにきて国王が大きく動くとなれば話は違う。おまけに「大舞踏会で真相究明」なんて、いかにも波乱を起こしそうなイベントだ。
「大舞踏会といえば国中の貴族が集まる一大行事よ。そこを場にして婚約破棄の事情を洗いざらい晒すなんて、本当にやるつもりなのかしら……でも、これはある意味チャンスかもしれないわ」
自分の言葉に、自然と胸が高鳴ってくるのを感じる。私のほうではずっと王太子の愚行を暴露する機会を狙っていたし、もし公衆の面前で証拠を叩きつけられれば、名誉回復に一気に近づけるはずだからだ。そんな期待を抱いていると、ノエルがさらに後押しするように言葉を重ねる。
「そうです! あの殿下の不正や失態を暴くには、最高の舞台になりそうじゃありませんか? 皆が見ているところで真相を暴露すれば、誰も文句は言えませんし!」
「ええ、まさしくそうね。王太子が逃げる隙を与えずに、堂々と証拠を示す絶好の機会だわ。……でも、周りの反発が怖いから、タイミングを誤るわけにはいかない。これは慎重に準備しなきゃ」
ノエルが「お任せください!」と意気込むのを見ていると、ドアがまたバタンと開き、兄のレオンハルトがさっそうと入ってくる。相変わらずノックもなしという豪快さだが、今回はあまり気にしている暇はない。彼はすでに興奮した面持ちで手にメモのようなものを握りしめていた。
「妹よ、聞いたぞ。大舞踏会で婚約破棄の真相を明らかにするんだとか。いいね、これは絶好のチャンスだと思わないか?」
「兄さまももう聞いたの? 情報が早いわね……。ええ、私もそう思う。下手をすればこちらが危険を冒すことになるけれど、王太子に直接仕掛ける絶好の舞台に違いないわ」
「そうとも。どうせ奴は言い逃れできないくらいの醜態を晒してるんだからな。舞踏会でみんなの前に立たせて、その失敗の数々を突きつけてやればいい。俺も協力するぞ」
レオンハルトの目が楽しげに輝いている。半分は「面白そうだからやってやろう」という悪戯心も混じっているに違いない。でも、彼が本気で私の名誉を回復するために動いてくれるのも間違いなく、頼りになる存在ではある。
「私、前々から殿下の浪費とか醜聞について資料をまとめていたでしょう? それをここで使わない手はないと思うの。大勢の人が集まるからこそ効果も絶大だし、きちんと証拠を示せれば公爵家への根拠なきバッシングも払拭できるはず」
「そのとおりさ。しかも、大舞踏会と言えば、多くの貴族が華やかな社交を楽しむ場。そんな中で王太子が醜態を暴露されるなんて、最高の醍醐味だと思わないか?」
「兄さま、顔が悪い笑い方になってるから自重して。でも、私もワクワクしてるのは認めるわ」
傍らのノエルも小さく笑いを浮かべ、「お嬢様のために大量の証拠を揃えてまいりました!」と誇らしげに胸を張る。どうやら王太子の浪費記録や放蕩の数々は、彼女が丹念に調べ上げた結果かなり充実したファイルになっているらしい。
「お嬢様、私がまとめた資料には、王太子殿下が国庫から勝手に資金を引き出した疑惑、女性関係の逸話、それからドレスを大量買いしたあげく贈った相手を間違えたなんて話まであります。完全に笑い話ですけど」
「どこからそんなに掘ってきたのよ……。あの人、想像以上にやらかしてるわね。ほんと呆れるわ」
「まあ、公爵家を貶めるような噂を流すわりには、自分のほうこそ膨大な弱点を隠しているわけさ。そこを叩けば確実にダメージを与えられる」
レオンハルトがメモをスラスラめくりながら意地悪い笑みを浮かべる。私が「もう隠す気ないのかしら……」と半ば呆れ気味に眺めていると、彼はさらに勢いづいて話を続ける。
「これらの失態を一気にぶちまければ、あの王太子は逃げ場を失う。公爵家の名誉を傷つけた罪を考えれば、まだまだ軽いくらいだが、それでも奴が何も言えなくなるのは楽しみだな」
「そうね。ただ、やり方を間違えると私たちが “落とし穴” にハマる可能性もあるから、くれぐれも用心して」
「わかってるわかってる。父上が暴れ出さないように、あらかじめ手を打っておくのも忘れないさ」
私は苦笑する。確かに父の暴走を防ぐことは最優先だ。あの人は気に入らなければすぐ武力行使に走りかねないから。舞踏会の場でそんなことをされたら取り返しがつかない。
それでも、こうして兄やノエルと意見を交わしていると「うまくやってやる!」という意欲が湧いてくる。ずっと狙っていた王太子への一撃を、この場できっちり決めるチャンスなのだ。
「でも、舞踏会って本来は私たちが優雅な衣装で社交を楽しむ場よね。皮肉だわ……。本来なら華やかなデビューになるはずが、こんな血なまぐさい雰囲気になるなんて」
「まあ、面白い展開じゃないか。よくある社交ダンスよりも、ずっと刺激的だと思うぞ。堂々と殿下を糾弾して、それでスッキリするなら何よりだ」
「兄さまは毎回やる気がすごい。……でも、私も負けてられないわ。そもそも向こうが理不尽な形で婚約を破棄してきたんだから、このくらいは仕返ししても問題ないでしょう」
抑えきれない闘志に胸が熱くなる。しかも国王の珍采配によって、あちらさんも逃げられない舞台へ引きずり出される格好だ。コーデリアの嫌がらせやら第二王子の暗躍やら、まだ課題は山積みだが、まずは王太子への一撃を最大にしてやるのが優先だろう。
「お嬢様、私も情報収集をさらに広げて、王太子殿下が今どんな動きをしているのか探ってみますね。舞踏会で不意打ちされないように」
「ありがとう、ノエル。それ大事ね。こっちばかり暴露するのも危険だから、常に相手が何を用意してくるか把握しておきたいわ」
「だな。万が一、殿下が新たなデマを用意して逆襲を狙ってきても、先に封じ込めるだけの準備をしておけばいい。王太子の思いつきなんてたかが知れてるけどな」
私は深呼吸をしながら、「やるしかないわね」と気持ちを固める。これまでいろいろ紆余曲折はあったけれど、やはり私の最優先課題は婚約破棄の恨みと公爵家の名誉回復。舞踏会を利用し、王太子の愚行を公衆の面前で暴き立てるのが、一番の近道に違いない。
「よし、じゃあ引き続き慎重かつ大胆に準備を進めましょう。大舞踏会……たぶん周りは華やかな衣装や音楽を楽しむばかりだけど、私たちにとっては決戦の場になるわね」
「俺もドレスコードなんてどうでもいいけど、妹が思い切って着飾って殿下をギャフンと言わせる姿……ちょっと想像しただけでワクワクするな」
「兄さまはツッコミどころが多いけど、まあ協力してくれるのは助かるわ。どうせなら最高に華やかなドレスを用意して、場を支配しちゃおうかしら」
考えるだけで口元がほころぶ。華やかな会場で踊るのも楽しみだけれど、その裏で王太子を窮地に追い込む自分の姿を想像すると、なんとも言えない高揚感が湧いてくる。少々危険な気がしないでもないけれど、これを逃すわけにはいかないだろう。
「決めたわ。舞踏会当日は、この私が一番目立ってやる。光あるところに陰もある――じゃなくて、王太子の闇を暴くのが目的だけど。どうせなら派手にやってやるわよ」
「そうこなくちゃ。ノエル、詳細はおまえに任せるぞ。いい感じに爆弾を仕込んでおけ」
「了解です、レオンハルト様! ……と言っても、本物の爆弾じゃありませんからね、お嬢様」
「はは、それはやめてよ。父さまが暴走する前に、私たちで最高の舞台に仕上げましょう」
兄やノエルと顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれる。どうやら大舞踏会は、何もかもが大きく動く転機になりそうだ。
王太子への痛快な返り討ち。コーデリアの無様な自爆。さらにはセバスティアンという謎の存在がどう絡んでくるのか。考えれば考えるほど不安と期待が入り混じるけれど、今はひとまず「王太子に思い知らせる」という大目標に一直線で突き進むのみ――。
私の中で再び燃え上がる復讐の炎を胸に、さっそく準備を具体的に練り始める。王太子がどんな言い訳をしても逃がさないし、あの愚行を余すことなく晒してやる。国王の珍案に乗っかって、一気に逆転を狙おう。今度こそ、私は堂々と勝ちをつかむのだ。
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