第7話 国王フレデリックの珍采配①
フレデリック・イグナシオ国王は、今日も城の奥深くにある執務室でのんびりと椅子に腰掛けていた。杖を手に、しばし窓の外に広がる王都の眺めを楽しんでいるらしい。とはいえ、その穏やかとも呑気ともつかない雰囲気の中に、周囲の側近たちは常に困惑の色を隠せないでいた。
「陛下、そろそろ公文書の確認を……」
「んー? わしの若い頃はもっと暇じゃったぞ。最近の王家はあれこれうるさいことが増えすぎてのう」
モブ側近のひとりが、先ほどから何度目かの書類を差し出しているが、国王はまるで取り合う様子がない。手元の杖をやたらと回転させながら、昔話を始めてしまう始末。だが、ここで呆れ顔を見せたり質問を重ねたりすれば、さらに脱線してしまうに違いない。側近たちは互いに視線を交わし合って、どうすればいいのか分からず立ち尽くしていた。
「ところで、セバスティアンはまだか?」
「第二王子殿下なら、すでにお呼びしております。まもなくこちらへ」
すると、そう聞こえたタイミングで扉が開き、セバスティアン・イグナシオが颯爽と姿を現した。いつもながらの涼やかな佇まいで、周囲の視線をさらっていく。だが、その表情はどこか含みを感じさせる薄い笑みを湛えている。
「父上、僕をお呼びとは珍しいですね。何の御用でしょう?」
「ん、セバスティアンか。まあ座れ、座れ。いや、わしも何やら面倒な話を耳にしてのう。王太子が婚約をどうこうしたとか、公爵家が物騒だとか……最近、騒がしくて叶わん」
「それに関しては僕も耳にしています。兄上のやり方が雑で、皆が戸惑っているようですが」
セバスティアンは軽く肩をすくめる。本人はいつものように静観する姿勢に見えるが、内心では“父上がどんな突飛な提案をするのか”を好奇の視線でうかがっているようだ。
「そこでだな、今年の大舞踏会で全部はっきりさせようと思うのじゃ」
側近たちが一瞬「は?」と息をのむ。セバスティアンも口を開きかけて固まる。大舞踏会といえば王家主催の一大イベントで、貴族の面々がこぞって集うきらびやかな場。それを真相究明に使おうなどという発想は、なかなか常識的ではない。
「父上……本気でおっしゃっているんですか? 大舞踏会は本来、社交の場であって揉め事を裁くような場所では……」
「むしろ皆が集まるところでこそ、何が起きているのかを洗いざらい晒すほうが早いじゃろ? わしだって眠くて仕方ないのに、あれこれと書類を読むのは面倒でのう」
フレデリック国王は杖をぽんぽんと床に叩きつけながら、勝手気ままに理由を語る。側近たちは顔を見合わせて「ま、また突拍子もないことを……」と混乱しているが、誰も強く反論できない。
「つまり、公爵家と王太子の婚約騒動を大舞踏会で白黒つけたいと?」
「そうじゃ。王太子がどう言い訳するのか、公爵家がどう反論するのか。全部同時に聞けば話が早いだろう。きっと盛り上がるぞい」
盛り上がるかどうかはともかく、当の王太子もさることながら、公爵家もその場で呼び出されたら騒ぎが大きくなるのは火を見るより明らか。セバスティアンは苦笑を浮かべながら、「なるほどね」と低く呟いた。
「父上、こんなやり方をすれば、さらに混乱する可能性もありますが……まあ、それも一興ということでしょうか」
「そうそう、一興じゃ。一度まとまってみんなの前で意見を述べさせれば、意外とすっきり解決するものじゃよ。わしの若い頃だって……ん、いやなんじゃったかな……」
国王は急に遠い目をしながら記憶を遡ろうとするが、すぐに「やはり眠いのう……」と呟き、話を打ち切る。やる気があるのかないのか分からない態度に、側近の一人が恐る恐る声をかけた。
「陛下、では正式に“大舞踏会において真相究明を行う”というお達しを出すのでよろしいでしょうか?」
「うむ。そうじゃ。何かあればそこで全部語り合えばいい。それに、宴で踊りを楽しみたい者もいるだろうが、どうせなら面白い話題があったほうが盛り上がるというもの」
それを聞いて、セバスティアンは神妙な面持ちを保ちつつも、心の中でほくそ笑む。兄である王太子と、公爵家が正面からぶつかる場を公式に用意してくれるとは……この機会を利用すれば、彼の狙いにも近づけるかもしれないからだ。
「父上、分かりました。僕も協力させていただきますよ。兄上のバカ騒動に困っている皆さんに、せめてすっきりしてもらう機会になるでしょう」
「ほほう、頼もしいなセバスティアン。おまえがそう言うなら心強い。なに、わしは大舞踏会というのは本来もっと自由であってしかるべきと思っておるのじゃ。さて、あとは詳細を側近どもに決めさせればいいかのう」
周囲の者たちは再び青ざめた顔で「何を決めろと……?」と戸惑うが、フレデリック国王は「よしよし、眠い眠い」と言いながらあくびをかみ殺し、杖を端に放り出してしまう。まるで議論は終わったとばかりに、そそくさと椅子にもたれかかった。
「じゃあ父上、僕は席を外しますね。……面白いことになりそうだ」
セバスティアンは静かに一礼して退室しようとする。その背後姿を見送りながら、側近たちは「これで本当にいいのか……」と弱々しく首を振った。国王の衝撃的な思いつきが王城内を震撼させている一方、セバスティアンはどこか楽しげに、唇の端を釣り上げる。
――こうして、「今年の大舞踏会を真相究明の場にする」という珍案は正式に動き出した。大勢が集う華やかな社交の場が、一転して波乱含みの裁定舞台になるのかもしれない。
何よりも、この思いつきの被害を被るのは王太子アルフレッドに違いないと、セバスティアンは確信しているようだった。国王の眠気混じりな「珍采配」は、果たして王宮をどう導くのか――誰もが予想しきれないまま、事態は進んでいく。
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