最終話
歩は18歳になった。
高校へ進学すると、高校でも放課後にピアノを借りて練習を行った。そのおかげもあり、ピアノの練習をしていると、音楽の先生が教えに来てくれたのだ。歩はすっかりピアノの虜になっており、ショパンの『雨だれ』を弾くことが出来るようになっていた。
初めて弾き始めたときはおぼつかなかった音色が、今では感情表現できるようにまでなっていた。
大学は音楽学校に進みたかったが、家の財力を考えて諦めた。それでも、高校の音楽の先生はコンクールに出場するように歩に迫っていた。
歩はピアノの腕を競う気などなかった。楽しく感情表現しながら弾けたら、それだけで満足だったからだ。音楽の先生は惜しいと何度もつぶやいていた。
そしてとある月夜に、歩は月を見上げた。あれから月を見上げる度、昨日のことのように思い出されていた魔法のピアノ。その出会いが嬉しかった歩は、月にとあるお願い事をした。
「月よ。僕はピアノが弾けるようになりました。そこで、あなたに曲を聞かせたい。どうか、魔法のピアノじゃなくていいから、ピアノをまた森へ置いてくださいませんか」
するとどうだろうか。月はまばゆい光を放つと、同じように光の柱を森へと落としていく。
歩は焦る気持ちを抑えつつ、家を抜け出して森へ向かった。
◇◇◇
森は静かだった。草木が風に揺れ、あの日のように音を靡かせていく。
歩が森の開けた草原にたどり着くと、目の前にはピアノが置かれていた。光り輝くピアノではなく、普通のピアノだった。歩はその蓋を開け、鍵盤に指を落とし込む。
音色は夜の闇を照らした。
歩はそれから何度もピアノを弾いた。ショパンだけではなく、最近練習を始めたバッハやドビュッシーも弾いた。音色は今までで一番感情がこもっていたのか、魔法のピアノを弾いたときよりも美しく音を奏でていく。
月は嬉しそうに輝くと、ついに朝となった。暁の光に照らされ、気が付くと歩は森で眠っていた。
◇◇◇
それから2年後、歩は音楽大学のピアノを弾いている。両親に音楽大学に進みたいと伝えると、嬉しそうに微笑み、涙を流した。歩は無事に音楽大学の受験をパスし、キャンパスライフを送っている。
友達も多くでき、音楽仲間と楽しい日々が送れていた。そして、そんな歩の奇妙な行動は大学内で噂となって広まっていた。
「一ノ瀬さん、月夜にピアノを弾くときが一番輝いているわよね」
「歩は月夜に弾くピアノが好きだよな」
そんな風に言われるたび、歩は何度も頷きながらこう答えた。
「月には感謝してるんだ。恩返ししないといけないからな」
―おわり―
月夜の恩返し~雨だれの夜想曲~ Lesewolf @Lesewolf
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