第4話 謀議
ここまでべろんべろんに酔っていたら、
覚えているはずがないと高(たか)を括(くく)った。
『怪我の具合は大丈夫だろうか』
などと、純一の容態を心配する者は一人もいない。
誰も救急車を手配する者がいなかった。
それどころか、みんなこの喧嘩が表沙汰にでもなって、
自分に火の粉が飛んできはしないかと、そちらの方ばかり気に病んでいた。
それでもすっかり大人しくなって、ちっとも動かなくなってしまったはじめに
「もしかして、死んどるんと、違うんかいねや」
さすがに気にかかり始めた。
尾崎は倒れ込んでいるはじめの鼻孔に手を当てた。
息はしている。胸も弱々しいながら上下していた。
はじめが生きていることを確認すると、みんなほっと安(あん)堵(ど)した。
この有様でもし救急車なんかを呼びでもしたら、きっと救急
から警察に通報されてしまう。それだけは、なんとしてでも避けなければならない。
この神聖な神社で、このような事件を表沙汰にするわけにはいかなかった。
『はじめ、悪いけんどの、ひとつ怺(こら)えちゃってくれや』
尾崎は、左手を拝むように額に当てて、心の中で純一に許しを請うた。
「取りあえず、死んどるわけじゃないんじゃけん、このままそっと送っていったら、
どうぞいねや」
もうすぐ午後十一時になろうとしていた。
「神主さんよう、儂が送っていくけんのーえー」
尾崎が振り返る。
「そろそろタクシーを呼んでくれんかろか」
と宮司に頼む。
「あぁはい、わかりました。急いで電話しょうわい」
宮司が本殿から出て行く。
「ほんなら儂が、自転車を持って行こわいねや」
川上が言うのに答えて、岡田がため息交じりに、
「ちいと遠回りになるけんど、すまんが頼むぞい」
と言いながら、
「儂ゃぁはじめっぁんの鞄を持って行こわいねや」
片方の手に純一の鞄を持った。
このようにして役割分担と、秘密の話がまとまった。
この暴力沙汰は神殿で行われ、事件を揉み消す謀議も、この神殿の中で行われた。
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小さな作品集 詠方介 @kako_hime
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