第一話「……婚約者?」

          ◆


 今年で齢十六歳。

 風見家という代々城主の武官を務める家柄に生を受け。

 自分で言うのも何だが結構壮絶な人生を送ってきたつもりだ。

 物心がついた頃には真剣を握り、師範代達を含めた門下生たちをフルボッコ。

 手前味噌だが初等部を卒業する頃には"大和一の剣士"の称号を得た。

 思えばあの時から俺の人生は狂い始めた。

 流派を無視した剣術を疎んだ伝統派から破門されたと思えば、翌日に城主の一人娘――御門みかど紅葉もみじの護衛役に選ばれた。

 そのワガマ……次期城主様の無理難題に三年間応え続けたが――。

『クビよ』

 相手はこの国の序列第二位なので反論する余地はない。

 俺に残ったのは特殊な権限とドン引きする程の多額の退職金。

 さすがに貰いすぎだと思って丁重に断ろうとしたが『うちの娘が世話になったから』と城主直々にやんわりと門前払い。

 そして今に至る。



          ◆



 とどのつまり、あのバ……元主の横暴さには慣れているつもりだったがさすがにこれは想定外。

「粗茶ですが」

「ありがとうございます」

 西洋の方に安物の紅茶を出すのはどうかと思って玉露を出したが……大丈夫だろうか。

「えーっと、話を要約すると……昨日ぶっ壊した剣がアトリシア公国王家の宝剣で」

「はい」

「王家にはその宝剣をぶっ壊した相手と婚約するしきたりがあって」

「はい」

「俺に嫁ぎに来たと?」

「不束者ですがよろしくお願いします」

「……ずずず」

 非現実過ぎて茶を啜っても現実は変わらない。

 夢かと思い頬を摘むが痛いだけ。

 ドッキリのプラカードが出てくることを期待したがお姫様は手ぶらだし、家の周りで第三者の気配はない。

 確なる上は――。

「人違いなのでお引き取りください」

 新手の美人局と判断して丁重にお帰りいただくしかない。

「それはありません。昨夜私はあなたの素顔を確認しています」

 テンション上がって仮面を取らなければよかったな。

「なら、宝剣を壊したことをなかったことに」

「あの宝剣を内蔵している指輪は王家の彫金師しか直せません。国に修理依頼した時点でバレます」

「俺には許婚がいるんだ」

「風見家ご当主様に確認しましたが、『息子は生まれてこの方、恋仲になった子はおりません』とお聞きしております」

 何を息子の色恋を暴露してんだ。

「実は俺は風見隼人のドッペルゲンガーで本体は別のところで一人暮らしをしている」

「この場所を教えてくれたのはこの家の保証人である東の姫です。間違うことはありません」

「……」

 そういえば父さん達に内緒で買うためにあいつの名前を借りたな。

「他に何かございますか?」

「少し考えさせてくれ」

「どうぞ」

 言い訳全ての外堀が埋まってやがる。

 特に酷いのは身内&元主からの個人情報漏洩だ。

 人間関係はまだしも、先方の事情があるとはいえ普通家を教えるか?

 ったく、あのバカ……ん?

「あんた本当にアトリシア公国第一王女か?」

「それは……どういう意味ですか?」

「気に障ったなら悪い。ただ俺は知っての通りあいつの元護衛役だ。友好国であるアトリシア公国への訪問にも何度か同行している。だが、名前を聞いたことはあっても姿を見たことがない」

 それに疑う要素はもう一つ……これが致命的なので初手に出すのを躊躇った。

「次期城主である御門みかど紅葉くれは様と違って序列の低い私が外交に携わるようになったのは去年からですので」

「……なるほどな。婚約の件は受けよう」

「よろしいのですか?」

「何だよ。断って欲しかったのか?」

「それは困ります」

 どっちなんだよ。

「ただ東の姫の言う通りだと思いまして」

「あいつの?」

「はい。『口ではごちゃごちゃ言うけど最終的には承諾する』と」

「余計なことを」

「それと『アリシアの見た目は彼の好みど真ん中だから百断らないよ』と」

「本当に余計なことを言う奴だな!」

 そういや護衛役時代に女性の好みを聞かれて、『銀髪碧眼の清楚系』と適当に答えた覚えがあるな。

 だからといって『好みなら婚約者でも問題ないよね?』というのは暴論すぎるだろ。

「そもそも。しきたりだか何だか知らないが、昨日"初めまして"の男に嫁ぎに行くことに疑問はないのか?」

「ありません」

 普通は『恋愛をしてみたい』と思う年頃だろうに。

 その辺りの感覚はあいつと同じか。

「で、婚約ってことはアレか? 実家にご挨拶的なことをすればいいのか?」

 相手の身分はどうあれ筋は通すべきだよな。

 はたして昨日今日会っただけなのに『娘さんをください!』と言える覚悟はできるだろうか。

「いえ、少し国内がバタついておりますのでしばらくは帰国の予定はございません」

 バタついてる……ねえ。

「了解した。で、その間オルレア――」

「アリシアとお呼びください」

「……オルレ――」

「"アリシア"とお呼びください」

「…………オル――」

「呼びにくいのでしたら、メス犬とお呼びください。私はご主人様とお呼びしますので」

「アリシアはその間はどこに滞在するんだ?」

 家名よりもセイ奴隷を選ぶ理由って何だろう……とりあえず話が進まないので相手の要望を受け入れる。

「昨日と同じくホテル暮らしを考えておりましたが、東の姫が『長期滞在するなら勿体ないよ』と言っていただきまして」

 ということは城か。

 まぁ、妥当なところだな。

「隼人様のところに住むといい、と」

「何でだよ!」

「? 何か問題でも?」

「いや問題だらけだわ」

 あのバカもそうだがオルレアンもオルレアンだ。

 お姫様の倫理観ってのはどうなってやがる。

「お姫様とか関係なく、年頃の男と女が一つ屋根の下で二人暮らし。わかるだろ?」

「いずれ結婚して夫婦になるのです。押し倒されても抵抗はしませんよ? あ、ちなみに私はショ女です」

「聞いてねえ!」

 倫理観どころか貞操観念が終わっていた。

 いや生娘なのである意味強いのか?

「そんなことより隼人様」

「話を変えるのはいいが、呼び方をどうにかしてくれ……」

 様付けとか寒気がする。

「何とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「好きに呼んでくれ」

「では、あ・な・た♡とお呼びします」

「前言撤回するから隼人にしてくれ」

「では、隼人さんと」

 人と話してこんなに疲れたのはいつぶりだろうな……。

「時に隼人さん。私は不満を抱いています」

「だろうな」

 嫁ぎに行くのは納得していてもその相手に対しては思うところはあるだろうし、相手が俺なら山程出てくるだろう。

「昨夜の試合で手を抜いたのは何故ですか?」

「……一応先に聞いておこう。それ以外に不満は?」

「ありません。むしろ婚約相手が隼人さんでよかったと思っています」

 おしゃべりな元主にしては俺の悪いところを話さなかったようだ。

「過大評価だ」

「それはおいおいわかることです。それと話を逸らさないでください」

 ここで『話題を変えたお前が言うのか?』というのは野暮だろうな。

「別に手を抜いていたわけじゃない」

「ですが、実際に絶好の機会を見逃しましたよね」

 あの時は試合中だったので追及を逃れたが今は違う。

 上手い言い訳を考えるのは面倒だな。

「ご自身がやられたらどうしますか?」

「そりゃあまぁ…………腹立たしいわな」

「なので再戦を望みます」

「そうしてやりたいのは山々だが昨日持っていた刀は姫様に返したんだ」

 アトリシア公国第一王女傷害の証拠品。

 念のために城の保管場所にこっそり返却しておいて正解だったな。

「まあ、私も宝剣がないので万全の状態ではありませんし、実力差的に今やっても一矢報いることも敵わないでしょう」

「客観視できるのはいいことだな」

 ぜひ、その要領で常識や倫理観も身につけてくれ。

「なので、稽古をつけてください」

「いや十分強いだろ。必要ねえよ」

 既に武芸に秀でる者が多い大和国民と比べても遜色ない剣技と冷静な判断力。

 彼女に余裕で勝てる相手のほうが少ない。

「昨日で剣を納める予定でしたが事情が変わりましたので」

 やはり本来なら昨日で剣を捨てていたか。

 事情が変わったのは……視線的に俺が宝剣を壊したからだろうな。

「風見家の知り合いを紹介してやるから諦めてくれ」

 確かに彼女を育てることに興味はあるが、俺にも譲れないものがある。

「その人は隼人さんよりも剣技に優れていますか?」

「それはない」

「はっきりと言い切るのですね」

「今日までこの自信を付ける努力を怠ったことはないからな」

 愛刀を返還しても毎日真剣を振っている。

 対人戦をしていないがそれでもこの自信は揺るがない。

「推薦する相手も少なくとも今のアリシアよりは強い」

「それでも私はあなたから剣を学びたい」

 最後に振るった本気の一刀。

 その光景が今でも瞼の裏に焼き付いているのだろう。

 剣を諦めることへの餞別のつもりが逆に彼女に火をつけてしまった。

 その責任は取るべきだとは思う。

「あの域に足を踏み入れるのはおすすめしない。それに俺と違ってアリシアには他にも選択肢はあるだろ」

 俺には剣の才能しかなかったからそれを伸ばしてきた。

 しかし、彼女は魔法の国のお姫様。

 剣技にこだわる必要がない。

「理由を話せば稽古の話を受けてくれますか?」

「保証はできかねる」

 人の歩んできた道のりの苦労は本人しか理解できないものだ

「そう……ですか」

 安易に話さずに踏み止まったということはそれだけの過去があったということ。

 諦めてくれたようで何よ――。

「私が剣の道を――」

「待て待て待て待て」

 予想の斜め上を行くお姫様だな……。

「ちゃんと聞いていたか? 俺は"保証できかねる"と言ったんだ」

「ちゃんと聞いていますよ。つまり話せば可能性はあるということですよね?」

「はぁ……俺が悪かった。稽古はちゃんとつけてやる」

「これが俗に言うツンデレ? というやつですね」

「いや違うから」

 確かに彼女の才能を育ててみたいと思ったが急に現実になったので落ち着く時間が欲しかったんだがな。

 強引というか、必死というか。

 何にせよ、彼女の原動力の核心には触れたくはない。

 触れてしまっては彼女の才能にケチを付けそうになると直感した。

「では、さっそく一手ご指南願えますか?」

「焦るなよ。稽古は明日からだ」

 時刻を確認すると正午前。

 あそこへ向かうなら人通りが少なくてちょうどいいか。

「しばらく、ここに住むなら街を案内するが……今日のご予定は?」

「特にありませんので、ぜひお願いします」

「なら、着替えてくるから少し待っててくれ」

「わかりました」

「ああ、それとあいつの名前は外では呼ばないでくれ」

「? わかりました」

 リビングを出て二階の自室に向かいながら電話アプリを起動。

 出るかは五分五分だったが数コールで出た。

「どういうつもりだ、紅葉もみじ

『一年ぶりにかけてきたと思ったら随分なご挨拶だね、隼人』

 電話相手は元主にして大和の次期城主。

 御門紅葉その人である。 

「それを言うならお前の方だ。物騒な脅迫文送りつけやがって」

『君のことだから着拒ぐらいしてると思ってね』

「そんな別れたカップルみたいなことをするか!」

『はぁ……それで何か用? 私、忙しいんだけど』

 声音だけでイラついているのがわかる。

 アリシアも待たせているのでクレームはこれくらいにするか。

「アトリシア公国第一王女が俺を訪ねてきた」

『だろうね』

 人の個人情報を教えておいて悪びれない様子。

 こりゃあ親善試合の代表選手が急遽変更になった件も含めて全て紅葉の仕業だな。

『その様子だとやっぱり婚約話は受けたようだね』

「ああ、お前の予想通りにな」

 全部勘づいていたからか。

 腹立たしいより呆れてくる。

『彼女を受け入れた決め手は?』

「まぁ、普通に見た目が好みだったからな。それに育てがいのある才能も決め手の一つだ」

『"   "』

「電波悪い場所にでもいるのか? 何を言ったか聞こえねえ」

『"スケベ"って言ったんだよ。それじゃあまたね』

「あ、おい」

 かけ直しても出ないとわかっているのでスマホの電源を落とす。

「わかりやすいサイン出しておいて……何が"嘘つき"だ」

 十中八九この婚約には何か裏がある。

 その内容を知ったところで俺の役割は変わらない。

 もし何かあったら……『不当労働!』と訴えることにしよう。 

 

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