【本編】親善試合で負かしたお姫様が婚約者になった件

天宮終夜

第一巻

第一巻「序章」

           ◆

 

 「俺も大概だな」

 高等部二年に進級した俺――風見かざみ隼人はやとに届いた一通の手紙。

 差出人は元主。

 将来この国――大和を治める姫君からの脅迫状ラブレター


 ――負けたらコロ


 ニッコリ笑顔で毒を吐いている姿が目に浮かぶ。 

 今の俺には彼女の命令お願いを聞く義理もなければ義務でもない。

 それなのに護衛役をクビになった際に返還したはずの愛刀を携えて、ノコノコとこんな場所までやって来た。

「さて……行くか」

 狐の面を付けて一筋の光を目指して階段を登る。

 久しく感じる刀の重さを懐かしみながら、一歩……また一歩と階段を踏み締めたのはほんの数秒。

 黄昏れる暇もなくその時間は訪れた。

 『東から現れたのは我らが大和の姫君推薦の謎の剣士! どんな戦いをするのでしょうか?!』

 スポットライトに照らされた夜桜が舞い散る武舞台。

 今宵は友好国――アトリシア公国との親善試合の日。

 その試合に代表選手として出るのは国民として大変名誉があるが……ここに来るまでそのことを忘れていた。

 会場は超満員で割れんばかりの歓声に出迎えられながら反対側から対戦デート相手を待つ。

 向こうも向こうで優秀な選手を選出してくるが所詮は魔法で発展した大国の人間。

 最初から期待するほうが酷というもの。

『そして本日アトリシア公国の代表選手はこの人! 魔法の国の姫でありながら細剣を振るう姫騎士。アリシア=オルレアン!』

 舞台に上がってきたのは箒も乗らず杖も持たない。 肩や胸に甲冑を身に着けた銀髪青目の美少女。

 夜桜が霞むほどの美しさ。

 登場しただけで会場内の熱量が増す人気っぷり。

 アトリシア公国第一王女――アリシア=オルレアン。

 名前しか知らない有名人が目の前に立っていた。

「あなたが東の姫が言っていた最強の剣士ですか?」

「姫がそう言うならそうだろうな」

 どうやら俺を対戦相手に選んだのはこの少女のようだ。

 期待外れとでも言うようにため息を吐かれた。

「なら、大変がっかりです。神聖なる勝負の場において顔を隠す。失礼とは思いませんか?」

 王家特有の傲慢?

 断じて否だ。

「生憎とその神聖な勝負に対して分不相応な身分でな。ご容赦願いたい」

 彼女から感じる戦意はお姫様という可愛げのあるものではない。

 美貌に隠れた研鑽が勝負においての礼節を物語っている。

「両者、前へ」

 審判に促されてゆっくり中央へ歩く。

 彼女の立ち振る舞いに忘れていた感情を思い出す。

「何を笑っているんですか?」

「悪い悪い。単なる思い出し笑いだ」

「その余裕。すぐに無くして差し上げます」

 挑発に対しても怒りを内に鎮めて冷静。

 元主にしては良い対戦デート相手を見繕ってくれたものだ。

「いざ尋常に――始め!」

 審判合図と共に互いの獲物が交錯する。

「ただの道化ではないようですね」

 お姫様の鋭い一撃を柄の底で塞いでみせる。

「サプライズは嫌いか?」

 このまま押し合いになれば耐久性で相手の刃を砕く。

 不利と悟った瞬間にお姫様は後退していった。

「先程ため息を吐いた非礼はお詫びします」

「そりゃどうも」

「しかし……その態度は気に食いませんね」

 真剣勝負を望む相手に俺の刃は鞘に収まっている。

 確かに相手を愚弄する行為だ……が。

「言っただろ。? って」

「それはどういう意味――」

 突如お姫様の左肩の甲冑が派手な音を立てて砕け散る。

『な、な、なんと! アリシア姫の肩の装備が弾け飛んだ! まさに電光石火』

 お姫様は瞳孔が開きながら肩と俺を交互に見る。

 彼女の意識を侵略し、視線を釘付けにした。

「悪いが俺は女性を傷つけない紳士でもなければ、相手に気づかれずに接待してやれる出来た人間でもないんでな」

 親善試合?

 友好国の第一王女?

 そんなことは知ったことじゃない。

「本気で来い。アリシア=オルレアン」

 俺を引っ張り出した元主に全ての責任を押し付けよう。

 そう考えるくらいにさっきの初撃で滾ってしまう。

「……どうやら神聖なる勝負の場を侮辱していたのは私の方ですね」

 こちらの本気が伝わると彼女は持っていた細剣を鞘に収めて武舞台下に投げ捨てる。

 右手に付けた指輪に青白い光を集めると虚空に白銀の剣が顕現した。

「まさか、人に『本気で来い』と煽っておきながら…………手は抜きませんよね?」

 気品や高貴さとは程遠い武人のような冷徹な瞳。

 鞘から白銀の刀身を引き抜くだけで感じる重圧。

「それはお前の本気次第だろう」

 せめてもの返礼として鞘から刀身を引き抜く。

 自然と口角が上がり、高鳴る心臓の音が心地良い。

 この感情をあえて言語化するなら――。

「では、まずはその仮面を引き剥がすとしましょうか!」

 先程より重い剣で同じように突き攻撃。

 さらに鋭く速く、より正確な連撃。

「さっきまでが本気でないことは十分理解した」

 切っ先で方向をずらすことで捌き、最後の溜めの一撃を利用して鍔迫り合いに持ち込む。

「そうはさせません!」

 体重差で不利と悟るとこちらの切っ先をいなしながらガラ空きになった胴体めがけて袈裟斬りの構え。

 アイデアもあれば判断力も早い。

「なら、これはどうだ?」

「……っ!」

 膂力に物を言わせて切り上げた刀で迎え撃つとわざと吹き飛ばされたお姫様は二転三転バク転を繰り返して後退していった。

「惜しいな」

「そう簡単に押し倒されるような華奢な少女ではありませんので」

「そう言われるとぜひ押し倒したくなるな」

 敏捷性は申し分ないからこそ残念だ。

 もし彼女がこの大和に生まれていれば……何てタラレバを言っても意味はない。

「確か俺の本気を見たいんだよな?」

 魅力的な才能を育ててみたいという欲も。

 文字通り高嶺の花に期待するのは無謀というもの。

「ええ」

 せめてその期待は自分の手で断ち切ることでしか納得できない自己中。

 恨むなら元主を恨んでくれ。

「見せてやるから瞬きせずにたっぷり堪能してくれ」

 一歩で間合いを詰めて四方八方から攻撃を繰り出す。

「っ! はっ!」

 お姫様は負けじと応戦するが捌き切れていない。

 もし十年……いや五年だけでも大和で暮らして鍛錬していれば良い剣士になっていただろう。

「出来れば君とは違う形で出会いたかった」

「まだ……私は……」

 数手剣を交えて力の差を思い知っているのに彼女の心は折れない。

 眩しいくらいに強い意志。

「負けていません!」

 こちらの呼吸を読んだ見事な横薙ぎカウンターをあっさり避けて見せる。

 誰がどう見てもわかる致命的な隙。

 一振りでこの未練も断ち切れる……はずだった。

「……何のつもりですか?」

 無意識にその隙を見逃した。

 相手を愚弄する行為に場内は大ブーイング。

 やられた当人のお姫様はまさに怒髪天。

 腹を切れと言われたら反論できない愚行だ。

「勝者の余裕ですか? 勝敗が見えた勝負に興味を示されませんか? それとも……情けをかけたつもりですか!」

 激情に身を任せた足音に会場内が静まり返る。

 その瞬間に空が薄紫色の壁に包まれる。

 一瞬『お姫様の魔法か?』と思ったが既視感のある感覚にゲンナリしそうになった。

「情けではねえよ」

 必要なくなった仮面を取ったがやはり観客の誰一人リアクションしない。

 安心してゆっくりと距離を取る。

「これはただの俺の独りよがりだ。だから無理矢理付き合わせたのは謝っておく」

 この試合に全てを賭けているような必死さを感じてしまい。

 もしかしたら彼女はこの試合が終われば剣を振るうことはないのだと考えてしまった。

 ならば、あんな一撃が最後では後悔が残ると思い。

 彼女が剣の道を辿った先に見たであろう景色を見せてやりたかった。

「せめてもの餞別だ……構えろアリシア=オルレアン」

 覇気を放つと彼女は大人しく構えを取る。

「最後に一つ…………お名前をお聞きしても?」

「風見隼人だ」

「そうですか……あなたが……」

 何故かお姫様は何かを悟ったように微笑んだ。

「失礼。単なる思い出し笑いです」

 皮肉を吐くと彼女から怒りの感情が消え去る。

 気合を入れるために目を瞑る。

 深い呼吸の後、目を見開いて踏み込む。

 音よりも速く、光に届く領域で。

 自ら花を散らす無情を置き去りにした。 


 ――さようなら。


 別れの言葉と共に彼女が持つ白銀の剣を切り刻みながら意識を断つ一刀を放つ。


 ――"       "。


 お姫様が何か言った気がしたが国際問題に発展してこの場で取り押さえられたら面倒なので、薄紫色の空が夜空に変わる前に会場から姿を消すことにした。



           ◆ 

  


 親善試合翌日。

 現在、複雑な家庭事情と個人的主張によって学園から少し離れた道場付き一軒家で一人暮らしをしている。

 いつものようにネットニュースを徘徊しながら優雅な週末を過ごしていた。

「また『噂の狐の面の剣士の正体は?!』かよ。ありきたりな見出しだな。もっと読者の心をくすぐるような見出しは書けないのか?」

 気まぐれな元主にしてはきちんとプライバシーは守ってくれたようで、どの記事を読んでも俺にたどり着く情報が上がってこない。

 同時に国際問題云々みたいな記事もないので取り押さえられる心配もなくなった。

「しかし……ああ本当に残念だ……」

 久しぶりにまともに切り合える相手に出会えたと思ったのにその相手は友好国のお姫様。

 近所の友達を野球に誘うような感じで行ける相手ではない。

 昨夜から同じ言葉を呟いているがため息しか出ない。


 ――ピンポーン


 日曜日の午前中。

 来客の予定はない。

 そもそもこの場所を教えている人が少ないので限られている。

 ぱっと思いついたのは同い年の従兄妹の顔だが合鍵を渡しているのでインターホンが鳴ることはない。

「あいつ無視したら拗ねるんだよな……」

 一人暮らしを始めて数週間。

 料理スキル皆無の俺を見かねて世話を焼いてくれた恩人をたまには玄関で出迎えるかと思いソファから起き上がる。

「お前が鍵を忘れてくるなんて珍しい……な」

 玄関を開けて目の前に立っていたのはまさかの人物。

 長い銀色の綺麗な髪。

 大きな青い瞳と整った顔立ち。

 昨日の格好のせいで分かりづらかったが華奢な体躯に似合わない女性特有の胸の膨らみ。

「昨夜ぶりですね、風見隼人様」

 アトリシア公国第一王女。

 アリシア=オルレアンが何故俺の家に?

「不束者ですがこれからよろしくお願い致します」

 彼女の言葉の意味はわからなかったがご近所で噂になるのを避けるためにとりあえず上がってもらうことにした。

 

 

 

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