第52話 地底のスタンド、湿る記憶

 1988年・大阪


 その年の夏、南海ホークスは長い歴史に幕を下ろし、福岡ダイエーへと売却されることが発表された。


 だが、表向きは経営難による“自然な流れ”とされたこの身売りの裏で、ある爆発事件が封印されていたことを、当時の新聞は一切報じていない。



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 同年7月18日 午後7時16分、 大阪・大阪球場三塁側ベンチ下。


 観客が歓声を上げる中、地下通路で密かに進められていた一つの計画。


 「……爆破装置、設置完了。コード、ホワイトローズ」


 低い声でつぶやいた男は、公安第五課の秘密エージェント、鷲田陣介わしだじんすけ。彼は、南海ホークスの“ある選手”が持ち出した国家極秘ファイルを奪還するため、球場を一時的に閉鎖する「事故」を演出するよう命じられていた。


 その選手とは――背番号17、左腕の変則投手・真壁泰央まかべやすお


 彼は身売り前の球団を巡る“八百長データ”の隠蔽を強いられ、仲間の死をきっかけに、公安と決裂。球場の地下にある資料室に、“南海事件”の証拠を隠した。



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 午後7時24分


 ライトスタンドが一瞬、揺れた。


 「ん?地震か?」


 観客の声が混乱を帯び始めたその時――ドォンッ!!


 左翼側外野席の床が、白煙とともに爆発。黒い水が噴き上がった。血ではない。地下に貯蔵されていた実験用の人工水が、炸裂によって吹き出したのだった。



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 令和・広島 ズムスタ地下


 涼子は、その“南海球場水爆発事件”の真相を追い、資料にたどり着いていた。


 > 《1988年7月18日。大阪球場地下の極秘水圧実験区画にて爆破事故発生。処理班により封鎖。対象は全て廃棄と記録》

 > 《真壁泰央、行方不明。公安第五課・鷲田が現場指揮。コード名「高松城・再演」》


 「……やっぱり、昭和から始まってたのね」


 涼子の声は、湿った壁に吸い込まれていく。


 背後で誰かが低く笑った。


 「南海だけじゃない。1988年は、野球そのものが、“感情のインフラ”に変えられた年だ。君の父親も、そこに関わっていたんだろう?」


 振り返ると、いたのは公安第五課のもう一人――黒井彰義くろいあきよし。昭和の終わりに、“プロ野球を兵器に変えるプロジェクト”を進めた男。


 「ズムスタは、かつての大阪球場の“復讐装置”だ。人工水圧と感情誘導装置を使い、試合の“熱狂”を、群衆洗脳に変える装置さ」


 「……あなたたちの実験で、母は死んだのよ」


 涼子は、地下水脈を逆流させるスイッチに手をかけた。



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