第51話 赤ヘルの熱狂
――永禄三年、近江国・朽木谷。
山中に潜伏する忍びの一団の中に、“未来の技術”を手に入れた集団がいた。かつて信長の命で現代へ送られ、再びこの時代へ戻った「時の観測者」たち。
涼子は、彼らのアジトに単身突入した。
黒煙の中、手裏剣を掠めながら斬り伏せ、装置を守る男の胸にナイフを突き立てる。
「アンタらの“未来”なんざ、私が好きに使わせてもらうよ」
血の滴る指で装置を起動。
青白い光と共に、空間が捩れ――
次に彼女が目を覚ましたのは、1975年の広島・旧市民球場のスタンド席だった。
赤いキャップに法被、紙吹雪が舞い、ラジオからは実況が叫んでいる。
> 「おおっと、山本浩二!バックスクリーン一直線!カープ、優勝マジック5だぁーっ!」
観客たちが叫び、涙を流し、老若男女が赤ヘル軍団に熱狂していた。
涼子は状況がわからぬまま、立ち尽くした。
――そのとき、背後から声がかかる。
「お嬢ちゃん、カープ女子かい?えらい格好じゃのう。戦でもしてきたんか?」
「……してきたわよ、ちょっと前にね。300年くらい前に」
---
市電が軋む音、原爆ドームの静けさ、そして、街中にあふれる“カープ熱”。
だが、この時代にもまた、“黒い霧”は存在していた。
広島商工会議所の重鎮が相次いで不審死を遂げ、原因は不明の“記憶障害”。関係者は皆、カープ球団のスポンサー企業に関わっていたという。
涼子は再び、過去からの影――“オルフェウス・ゼロ”の暗躍を嗅ぎ取る。
「時代を超えて、まだ私を試す気か……いいぜ。なら私が、この街で一番血を流させてやる」
---
赤ヘル旋風の中、山末涼子は広島の闇を切り裂いていく。
ユニフォームの下にナイフ、スコアボードの裏に死体。
彼女の存在は、やがて新聞にこう記された。
> 「広島の夜に現れる“兜の女”――赤ヘルの狂気か、時代の亡霊か」
午前4時45分。
マツダスタジアム、通称ズムスタの外周を、涼子は静かに歩いていた。空はまだ薄暗く、グラウンドの照明塔のシルエットだけが異様に浮かび上がっている。
「……ここだっていうの?」
黒い霧の発生源――それは、旧・市民球場の跡地からこの新スタジアムの地下に移ったと、かつての被験者・“少年M”が証言していた。
その地下には、**極秘裏に掘られた“地下空洞”**が存在するという噂があった。昭和50年、広島で進行していたとされる“ある国家的プロジェクト”の隠れ蓑。その名称は――
> 《高松城水攻め計画》
「戦国時代の水攻めを、令和に再現するなんて……狂ってるわ」
涼子は、公安の裏ルートで入手した一枚の設計図をポケットから取り出す。それは、ズムスタ地下に張り巡らされた排水制御装置と、大規模な水圧タンクの配置を示していた。だが、タンクは“使用中止”と記されていた。なぜなら――それは、実験がすでに終わっていたから。
突然、背後から誰かの足音。
「世も末涼子――いや、“高松城の亡霊”と呼ぶべきか」
現れたのは、公安第五課の男。顔には山西道広に似た無表情な仮面。そしてその傍らには、彼女が過去に殺したはずの男……**
「……死んだはずじゃ」
「水攻めだよ、涼子。君が過去にやった高松城実験、忘れたとは言わせない。君は、人工的な“地形兵器”として水を制御し、広島を壊滅させようとしていた。その記憶が、君の脳の奥にまだあるはずだ」
涼子の目が鋭くなる。
「それは、“プロ野球八百長”の捜査で、偶然見つかった機密文書のせいね……」
彼女の脳裏に浮かぶ、昭和50年のある出来事。広島カープの優勝を裏で操っていたグループ。選手たちの奇妙な行動。空振り三振の多さ。過剰なセーフティバント。――すべては、観客の感情を“制御”するための国家的実験だった。
「ズムスタの地下は、ただの遺構じゃない。あそこは――心と記憶を水で満たす“人工水牢”よ」
涼子は黒いコートの内ポケットから、小さなリモートデバイスを取り出す。
「……あなたたちが、私のことを“亡霊”と呼ぶなら……見せてあげるわ、真の“水攻め”を」
ズムスタの照明が一斉に点灯した。
そして、地下から――低く、不気味な水音が響き始めた。
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