第45話 封土の里へ
月隠渓での水神の鎮魂を終え、楓は新たな決意を胸に「封土の里」へと向かっていた。子を背負い、夜明けの道を歩く彼女の足取りは、軽やかだった。印籠は、今や水神の力を宿し、以前よりも強く輝いているように見える。
しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。月隠渓を出て数日、人里離れた山道を歩いていた時だった。
「そこを動くな!」
背後から、低い声が響いた。楓は警戒し、振り返る。そこにいたのは、黒い装束をまとった数人の男たちだった。彼らは皆、
「お前が、『灯の巫女』か」
男の一人が、ドスの利いた声で尋ねた。楓は、とっさに子を抱きしめ、印籠を隠すように握りしめる。
「何者だ、貴様たちは?」
「我々は、地の底に眠る力を望む者。その印籠を渡せば、命だけは助けてやろう」
男たちは、ゆっくりと間合いを詰めてくる。楓は、絶望的な状況に追い込まれたことを悟った。彼女は巫女としての力は持っているものの、武術の心得はない。ましてや、幼い子を抱えているのだ。
「悪いが、それはできない」
楓は、きっぱりと拒絶した。印籠は、母から受け継いだ大切な使命の象徴。簡単に渡すわけにはいかない。
男たちは、楓の返答に鼻で笑った。
「ならば、力ずくで奪うまでだ!」
男たちが一斉に襲いかかってきた。楓は、子を守るように身を翻すが、多勢に無勢。避けきれない一撃が、彼女の肩を深く切り裂いた。
「ぐっ……!」
痛みと鮮血が視界を霞ませる。しかし、彼女の意識は、ただひたすらに子を守ることだけを考えていた。
「お母さん……!」
子の震える声が、楓の耳に届く。その声に、楓は最後の力を振り絞った。
(ごめんなさい……あなたを、守りきれない……)
男たちの剣が、何度も楓の体を切り裂く。彼女の白い衣は、みるみるうちに赤く染まっていく。もう、抗う力は残されていなかった。
その時、楓は、印籠を握りしめた。母から受け継いだ「灯」の力が、微かに温かさを帯びている。
(そうだ……!)
楓は、最後の力を振り絞り、印籠を抱きしめていた子へと押しやった。
「いいかい、あなた……これを……この『灯』を、継ぐのよ……!」
彼女の言葉は、途切れ途切れだったが、その瞳は確かな光を宿していた。子は、何も分からぬまま、母の差し出す印籠を受け取った。
「うおおおお!」
男たちの一人が、止めを刺さんと剣を振り上げた。楓は、子を抱きしめたまま、その一撃を受け止めた。
ザシュッ――!
鈍い音が響き、楓の体は、ゆっくりと崩れ落ちた。彼女の意識が遠のく中で、子の泣き声が、遠く、そして近くに聞こえた。
(……この『灯』は、消えない……)
楓の命は、尽きた。彼女の体から、淡い光が立ち昇り、子の手の中にある印籠へと吸い込まれていく。印籠は、一時的に激しい光を放ち、男たちは思わず目を覆った。
光が収まった時、そこに立っていたのは、印籠を抱きしめて泣きじゃくる幼い子と、血に染まった楓の遺体だけだった。男たちは、警戒しながらも、ゆっくりと子に近づく。
「印籠は、あの子が持っているぞ! 取れ!」
男たちが子に手を伸ばそうとした、その時だった。
突如として、大地が激しく揺れた。
ゴゴゴゴゴ……!
地面に深い亀裂が走り、地中から、巨大な岩塊が隆起してきた。それはまるで、地の底に眠る何かが、怒りを持って目覚めたかのような光景だった。
「な、なんだこれは!?」
男たちは、驚きと恐怖に顔を歪ませた。隆起した岩塊の表面には、古めかしい文様が刻まれており、 そこから禍々しいオーラが放たれている。
野外で、このような不可解な現象に遭遇するとは、誰も予想していなかった。彼らが追っていたのは、ただの印籠を持つ巫女だったはずなのに。
その時、隆起した岩塊から、さらに強い震動が伝わり、地鳴りのような咆哮が響き渡った。男たちは、恐怖に駆られ、散り散りに逃げ去っていく。
残されたのは、楓の遺体と、印籠を抱きしめる幼い子だけだった。子の瞳には、母の死への悲しみと、そして、生まれたばかりの「灯」の光が宿っていた。
地の底に眠る、真の封印。
楓は、その封印を解くための「鍵」を、自らの命と引き換えに子へと託したのだ。
楓の子は、これからどうなるのでしょうか? そして、「封土の里」に眠る「真の封印」とは一体何なのでしょうか?
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