後輩と先輩 その2
貴戸君との晩酌に須田さんが合流し今日の経緯を話していた。
「それで山神さんと貴戸君はこっちまで来てたのね?お疲れ様」
シンプルな労いの言葉が体に染みる。
「ありがとうございます!!須田先輩」
「急に誘ってすみません須田さん」
「全然、むしろ誘ってくれてありがとう山神さん。あと貴戸君?先輩とか付けなくても良いよ?」
優しく笑みを浮かべながら柔らかい困り眉でぷんすかと擬音が聞こえてくるような指摘を飛ばす。
「はい!須田さん!」
「…山神さん、もしかしてもう貴戸君、出来上がってます?」
「水のように日本酒流し込んでたんで残当すね」
「それってやけ酒だよね?」
***
「そう言えば貴戸君、ダンジョン配信始めたって聞いたよ〜どう?調子の方わ」
馴染みの顔で酒が進み、ほどほどに酔い始めた頃合いで須田さんが口を開く。
「それが…」
もう吹っ切れたように伸び悩んでる現状と今日の議題などを口から吐き出す。
「ふむふむ」
「貴戸君なりに頑張ってるのね、私は貴戸君らしくて良い配信だとおもうのだけれど…」
「強いて言うのなら、貴戸君なりの強みを足してみるのはどうかな?」
いわゆるテコ入れの提案だった。彼の配信は痛々しい言動と仕事の傍らでライブをするため、人気のないダンジョンでの活動が強いられる。本人の攻略スタイルなど様々な要因が噛み合わず実力も上手く魅せれず薄味になっていた。
「貴戸君なら下層までなら安全に潜れるしそれだけでもインパクトはあるのだけど君の攻略スタイルはアイテムに頼らざるを得ない。だけど誰かとならアイテム無しでも君の強みをわかりやすく活かせると思う…よ?」
「………ぐす」
「え?」
「須田さん…それができたら苦労なんかして無いんですよ…配信者の知り合いとかパイプとか何も無いのに…」
「だからさっき須田さんに頼るのはどうだって貴戸君に言ってたんですよ」
「…あ〜、え?そういう話?」
先程までの真剣さが溶け、困った様な表情が戻って来る。
「うーん、私は辞めといた方が良いよ…って貴戸君が嫌って事じゃなくてね…私は人気低いし貴戸君に迷惑をかけて終わるだけだと思うの…」
「うちはその…ちょっと特殊だから…ね?」
気不味そうに断りを促す。本人がこう言うのにも理由があった。
「ラキアちゃんとかならまだしも私とは辞めといた方が良いよ、ね?」
「いやいやいや、無理ですよ!ラキアってあの蛇茨ラキアさんでしょう!?」
蛇茨ラキア、怪物少女を作った当事者でありグループの顔であり、マニア向けと言う立場を決定的にした人物である。会ったことはないが結構癖の強い人らしく、同性によくセクハラしてる切り抜き動画をみかける。こういう人って異性コラボをあまりしないイメージがあるのだが。
「ラキアちゃんなら炎上しないし面倒見もいいから適任だと思ったのだけど…」
((須田さん、それ身内に対してだけだと思うんですが))
心の中でシンクロする男性陣。
ふと周りに耳を向けると店内が少しざわついている。ちょっとうるさすぎたか?
「二人とも、ちょっと声のボリューム下げて下げて」
「あっすいません…」
「ごめんね、ちょっと上がってきちゃって…」
パタパタと手を仰ぎ水を仰る。
結論、掃除屋で培った知識を元にダンジョンの解説と生の攻略の空気を魅せつつコラボ先のパイプを作っていこうと言うことになった。
「そろそろ良い時間ですし解散しますか」
「ですね、須田さんも門限とかあるでしょうし」
「うん?大丈夫だよ?約束事はあるけれど融通は利くし。なんなら私の家で二次会やっちゃう?」
「ほろ酔いながらとんでも提案するの辞めてください!!」
「えー」
子供のように残念って感じを表面にダダ漏れにしている。この人マジで提案したなこれ。
「駄々こねないで帰り…」
「あー!お姉様こんな所にいた!!」
遮るように元気でキンキンと頭に響く声が店の戸から飛び込んできた。
おまけ
「そう言えば山神さんは配信とかはしないの?」
氷が溶け出したグラスを片手に須田さんが聞いてきた。
「そうですよ!先輩が配信を始めてくれたらコラボも出来て仕事も捗って一石二鳥じゃないですか!!」
貴戸君が盛大に乗っかってきた。冗談じゃない。
「嫌だよ。配信なんて顔が良くないとネットの玩具になるのがオチじゃん。それに変に有名になっても面倒なだけ…それに忘れたのか?摩天楼とか八武に近寄るなって言ったの貴戸君でしょ?」
「あっ…そう言えばそうだった」
「なになに?山神さん何かあったの?」
「それが…」
先日の出来事を大雑把に説明した。
「あーあれやっぱり山神さんだったんだ」
「やっぱりって須田さんは知ってたんですか?」
「だってTLによく流れてくるもん。切り抜き動画も見たけどなんか聞き覚えある声だったし、山神さんあれ残業中だったんじゃない?」
「須田さん正解」
流石須田さん、流須田さんよくわかってる。
「それはわかったけど山神さん、顔良くないとか真面目に言ってます?」
「そうれすよ、先輩はかっこいいし強いし話題にも困らないじゃないですか」
「いやいや、俺なんてもっさりしててそこら辺によくいるモブ顔だぜ?」
「それは先輩がだらけて整えてないだけじゃないですか!」
「きっぱり言うようになったな貴戸君!でもな!こんなだらしない奴が配信者なんて予定の塊みたいな事出来るわけないだろ!」
「うぐっ」
「これは山神さんが一枚上手だったね貴戸君…」
「あっ須田さん背中擦らないで吐きそう」
「別に良いよ?私スライムだし」
「そういう問題じゃ…うっぷ」
「待ってろ貴戸!今袋貰ってくるから…!」
「はいはいこっちだよ〜」
「ウップス」
「須田さんはゲロ貰おうとしないで!!」
一方その頃の鷹岡
【ブモォ】
【ブモォ】
【ブモォォォォォ】
「俺はお前らの仲間じゃねぇっての!!」
オークに仲間だと思われ囲まれ
「「残業バンザァァァァァァァァイ」」
その中に複数の炎の渦が放り込まれオークを焼き尽くし、その煤を被った
「田中お前!!俺ごと燃やすんじゃねぇよ!!」
鷹岡が顔を出した。
「あれくらって煤付いたただけって、社長ってもしかして深層のオークとかなんですかね?」
「言ったろ?あれぐらいじゃ社長は火傷すらしないって」
「聞こえてんぞ倉田!!田中!!無駄口叩いてないで落ちた魔石拾え!!」
「日が昇る前には帰えんぞ!!沖縄土産のダンジョンハブ酒が待ってんだ!!」
「「うぅぉぉおおおおおおお!!!!」」
嗚呼、我らが鷹岡ダンジョン工業有限会社。
限界サービス残業に燃えていた。
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