『起きて半畳、寝て一畳』 その②

 『邪魔』だな。

 女は思った。

 女はマグナリアの中央区でカフェに座っていた。そしてコーヒーや軽食を嗜んでいる。

 だが、子供が泣いている。その泣き声はカフェ内に響き渡っている。

 申し訳なさそうに子供をあやす母親。だが、子供はなかなか泣き止まない。

 周りの者はそれを微笑ましそうに見守っていた。

 しかし、女にはその泣き声がキンキンと耳の奥で響いて、不愉快で仕方がなかった。


「『邪魔』」


 すると、その子供と母親が消えてしまった。

 二人の様子を見守っていた周りの人々は大いに驚いた。

 そしてカフェの天井付近から、二つの土塊が落ちてくる。

 大きい土塊と、小さな土塊。

 店内はパニック状態になる。

 それに乗じて女は金も払わずカフェの外に出た。


■■■■


「――おい――おいゲイリー!」


「――ゲルニ――ゲルニックさん!」


「うああっ!」


 私は慌てて起き上がった。また光に目が眩んでしまったのかという最悪の想定が、頭を過る。

 悪魔が、あの悍ましい不定形の悪魔がやって来ていたのだろうか、そう考えるとまともではいられない。


「ああああああああああああ!」


「落ち着け! ゲイリー!」


 ジーンが暴れる私の頬を張った。

 その痛みに私は我に返る。

 ジーンとエイラタンの二人が、しゃがんで私の顔を覗き込んでいた。二人に変わった様子はない

 そして周りも荒れている様子がない。


『――貴様の全てを破壊してやる!』


 奴はそう言っていた。周りに変化がない以上、奴が現れた気配はないということだ。

 段々と落ち着いてくる。頭が正常な考えを取り戻しつつあった。


「……大丈夫だ、お前の悪魔は出て来てねぇよ」


「光に目が眩んだのではないようです。安心してください」


 私はほっと一息ついた。

 だが、それならば何故気絶なんてしてしまったのだろうか。


「ばぁか。素手で呪われたモノ触るなんて正気か?」


「それ、常識みたいに言ってますけれども、そもそも私は、まだ何も教わっていないんですが?」


「それでも触んねぇだろ、素手では」


 どこまでも腹が立つ男だ。いい加減、この職場のノウハウの一つぐらい、口頭で、教えてもらいたいものだ。

 体験して教わっていたのでは命がいくつあっても足らない。


「しかし、得るものはあったみたいですね。ほら」


 エイラタンが私の手元を見て言った。私の手には、紙が数枚と万年筆が握られていた。


「気絶している間、ゲルニックさんの手だけは動いていました。何かを書いてたみたいですねぇ」


 私は少しくしゃくしゃになった紙を開く。

 そこに書かれていたのは、短い三編の文章だった。

 内容としては、女が他人を『邪魔』に思う、するとその者は消え、後には土塊が降り注いでくるというものだった。


「土塊……これって、今回の事件のことですよね!?」


「そうみてぇだな」


「ほぅ、なるほど。ゲルニックさんの祓魔師としての才能はサイコメトリー系統なんですねぇ。呪いを通じて悪魔の行動を映し出す感じですかねぇ。非常に有用で有難い」


「でも、これだけの情報じゃあ全然特定に至らないですよ。女ってことだけしかわからないじゃないですか」


「そうだよ。ゲイリー。もっと詳細に書けないのかよ。女の特徴とかさぁ」


「無茶言わないでくださいよ。私の意志で書いたんじゃないんですから」


「ふむ。詳細、ですか。ゲルニックさん、それ、ください」


「え、この紙ですか? どうぞ」


 私はエイラタンに紙を渡した。

 エイラタンはじろじろとその紙とそこに書かれた文章を眺めて、そして――食べた。


「い!?」


「ちょっと部長! その紙食べる癖やめてくださいって言ったじゃないすか! せっかくの手がかりが!」


 ジーンの言い方からすると、彼女のその食事は日常茶飯事らしい。


「んめ、んめ、んめ……んー、紙、紙はありますか?」


「まだ欲しがるんすか!? 部長!?」


「え、っと、紙ならたくさん」


 私は、こうして本を書いて文章を読者に届けているのを見てわかる通り、小説家だ。書くための紙ならいくらでも持っている。

 無地の白紙をエイラタンに渡した。

 すると、彼女は自分のポケットにあったペンを持って、その紙に素早く何かを書いて――いや、描いていった。


「んー我ながら見事な絵です」


 出来上がったのは、写真と見紛う程に精緻に描かれた似顔絵だった。


「もしかして、これが」


「えぇ、犯人ですね。ゲルニックさんの文章に込められた物語を、鮮明に味わえたのでできたものです。私が上司でよかったですね」


「……」


 私は絶句した。今更ながら、この部長は何者なのだろうか。それが気になって仕方が無くなった。

 しかし、それを解明する暇はなく。


「あ! 時間超流タイム・ボルテックスが発生してやがる。野郎、また人のこと『邪魔』扱いしてやがるみてぇだぜ」


 少々無骨な多機能ブレスレットで画面を見たジーンが、問題の発生を報告した。


「出動しましょう!」


 我々三人は、教会を出て、時間超流とやらが観測された地点に向かうことにした。

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