第3話「奪われる」

 目を覚ました先にあったのは、どこか懐かしくも異質な空だった。

 大きな塔の影が並ぶその地には、魔力が濃く漂っている。

 シエル、ウサギ、カンナの3人は、導かれるようにその扉の前に立っていた。


 


 ——アルステリア魔法学園。

 それは、魔法の素質を持つ者だけが辿り着ける、伝説の学び舎。


 


 風が吹く。

 空気がざわつく。

 シエルは静かにその変化を感じ取っていた。


 


「ここが……学園」


 彼女は呟くと、目を細めて空を見上げた。

 空を流れる雲の速さが、先ほどよりも早くなっている。


 


「めっちゃでか……!」


 その横で、ウサギが口をぽかんと開けていた。

 怖がっているようで、でもそれ以上に目が輝いている。

 新しい世界に胸を躍らせる子どもみたいだった。


 


「でも、なんか魔力……濃くない?誰かいる感じするよ……?」


 ウサギが身を寄せたその瞬間、

 月の気配が漂った。


 


「——来るわ」


 カンナがそっと呟く。

 シエルも風を読む。何かが、こちらに向かっている。


 


 そして——空からひらりと白い羽が落ちてきた。


 


 ふわり、と。

 まるで人形のように軽く、美しい少女が降り立つ。

 無機質な瞳。感情の見えない顔。

 その存在は、どこか……痛々しいほど儚かった。


 


「……私を、敵って決めつけるの?」


 小さな声が風に溶ける。

 彼女は名乗った。


 


「猫宮スズ。わたしの魔法は、“ミライを進める力”」


 


 それは時間に関わる、極めて珍しい魔法だ。

 だがその能力のせいで、彼女は“敵”と呼ばれることになった。


 


 本当は誰かと仲良くしたいだけなのに。


 


 風が揺れる。

 月が沈黙する。

 炎が熱を持ち始める。


 


 ——そして、闇が忍び寄った。


 


「フフ……出番みたいね」


 スズの背後に立つ、黒い衣の少女が微笑む。

 名前は、闇夢アリス。

 他人の魔法を完全にコピーする魔法使い。


 


「わたしは、“コピー・オブ・ソウル”の使い手よ」

「あなたたちの魔法、全部、使えるわ」


 


 その瞳にハイライトはなかった。


 


 最後に現れたのは、ふわふわとした髪と、どこか寂しげな笑顔をした少女。

 ぬいぐるみのような見た目の、魔法使い——みるく。


 


「戦うの、怖いよ。でも……僕たちには、守りたいものがあるから」


 


 運命は、交差する。

 戦いの火蓋は、今——


(シエル・ウサギ・スズが交差する中、空にうっすらと“月”が浮かび始める)


 


 その瞬間——空気が、変わった。


 


 冷たく、静かで、張り詰めたような気配。

 それは、誰かの魔力によるものだと、誰もが直感する。


 


 ゆっくりと学園の影から現れたのは、紫の瞳に黒髪をたなびかせた少女だった。

 その歩みは凛としていて、無駄な動きが一つもない。


 


 ——紫月カンナ。


 


「……“月”が出る頃合いだったから、来たのよ」


 静かな声が響いた。けれどその音は、まるで鐘のように、重く澄んでいた。


 


「あなたが……闇夢アリス、ね?」


 彼女は、黒衣の少女へ視線を向ける。


 


 アリスはくすりと笑った。


「さすがね、月の魔法使い。気配を消してても、気づくんだ」


 


「あなたの魔法……“コピー・オブ・ソウル”。」


 カンナはその名を、知っていた。

 かつて、月の一族が最も恐れた“他者に成り代わる魔法”。


 


「誰かの力を奪って生きる魔法に、私は屈しない」


 


 その言葉に、アリスの笑みが消える。

 彼女の中に沈んでいた記憶が、わずかに揺れた。


 


「私は……誰のものにもなりたくなかっただけよ」

「でも、あなたたちは、最初から“仲間”って決まってた」

「わたしには、それがなかっただけ」


 


 月の光が差す。

 カンナの手のひらに、淡く光が宿った。

 それは満月のような力。人の心を映し出す、静かな魔法。


 


「あなたが“孤独”を力に変えてきたのなら——」


 


 カンナの瞳が、まっすぐにアリスを見つめる。


 


「私は、“静けさ”を強さに変えてきた。迷いはない」


 


 魔法が交差する気配の中、風が舞い、炎が揺れ、月が輝く。


 ここに、6人の少女たちの“運命の始まり”があった。


風が吹いた。

 それは、シエルの魔力に反応するように、空を斬る風。

 けれど、その風を真正面から受け止めた者がいた。


 


「……やっぱり、あなたがボクの相手なんだね」


 みるく。

 ぬいぐるみのように小さなその体には、信じられないほどの魔力が宿っていた。


 


 彼女の手には、まるで魔法陣が刻まれたような小さな光の球体。

 “感情”を具現化する魔法。

 それは、風をも打ち砕く。


 


「怖くなんて、ない。でも……心はずっと泣いてるんだ」


 みるくの魔法が震えた瞬間、

 シエルの目が鋭くなった。


 


「……あなたのその力、誰かを守るために使いたいと思わなかった?」


「守ってたよ……ずっと。でも、“人形”だって言われた。心なんて無いって」

「だから、ボクは笑わない。涙も流さないって決めたんだ」


 


 風がうねる。

 感情のない者と、優しさを貫く風の死神——


 シエルとみるく。

 その魔力が交差する。


 


 一方、赤い髪をゆらす少女も、静かに前に出た。


「……あなたがスズって子ね!」


 ウサギが笑顔を作って言う。

 けれどその笑顔の裏には、火を灯したような覚悟が見える。


 


「あなたが敵でも、私……ちゃんと見てるから」

「燃やさないよ。必要がなければ……!」


 スズは黙っていた。

 ただ、手を前にかざすと、小さな“未来の輪”が浮かび上がる。


 


「……あなたの未来は、“わたしの魔法”で止まる」

「でも、わたしだって、本当は戦いたくない」


 


 ——それでも誰も信じてくれなかった。

 だからもう、信じることをやめた。


 


 口をフーッと息でなぞり、ウサギは火のボールを作る。

 スズはその炎を見つめ、ただ一言、呟いた。


 


「綺麗だね」


 


 炎と時間の魔法が、ぶつかろうとしていた。

 止められない未来の歯車が、いま動き始める。


 


 そして、最後に静かに見つめ合うふたりがいた。

 月の魔法使い・カンナと、影の魔法使い・アリス。


 


「どうして、コピーなんて魔法を使ってまで……」


「わからないでしょ?あなたには」


 


 アリスの瞳は、どこか悲しげだった。

 月に照らされた影のように、儚く、冷たい。


 


「誰かにならなきゃ、生きられなかったの。誰かの魔法がないと、わたしは何者でもなかったのよ」


「……それでも、あなた自身の魔法を信じていたら……違ってたかもしれない」


 


「信じたことがある。昔ね。でも、その時、“裏切られた”の」


 


 沈黙。


 月の魔法と、闇の魔法が、静かに重なる。

 どちらが先に崩れるか。どちらが、泣くのか。


 


 六人の少女たち。

 交差する魔法と心が、いま、交わる。


  


 

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