第4話「風と炎、ぶつかる想い」
異世界に転送されて数日。
「魔法学園」と呼ばれる場所での生活が始まった。
シエルは、まだ風の音の中に“元の世界”の名残を探していた。
――風が、教えてくれる。
目を閉じると、まるで誰かの声が吹き抜けていくようだった。
「……大鎌、重たいな」
そう呟きながらも、彼女の目はどこか優しく、そして遠くを見つめていた。
そのとき――
「はあっ!」
炎が閃いた。
校庭の端で、宵月ウサギが手から炎球を放っていた。
周囲にいた学生たちが、彼女の魔法に目を丸くする。
「すご……炎が、まるで生きてるみたい」
「あれ、制御してるの? 完璧じゃん」
だけど、ウサギの表情は晴れなかった。
「……別に、褒めてほしいなんて思ってないし」
心のどこかで、“誰か”に届いてほしいと思っている。
けれど、それを表に出すのが苦手な彼女は、炎の中に言葉を閉じ込めていた。
「あの子……さっきからずっと訓練してる」
シエルが風の気配でウサギの存在を感じ取り、ふらりと近づいていく。
「炎、強いね」
「……え? あんた誰」
「緑十字シエル。風の魔法を使ってる。あなたは?」
「宵月ウサギ。……で?」
冷たい言葉に、一瞬だけ風が止まった。
「いや……なんとなく、話しかけたかっただけ」
「……へぇ。お人好し?」
シエルは、苦笑するように笑った。
「死神って呼ばれるけど、人の命は奪いたくないんだ」
「死神、ね。炎は燃やすだけ。時には全部壊しちゃう」
ふたりの言葉の間に、魔力がすれ違う。
そして、次の瞬間
「試してみる?」
ウサギが挑発するように言った。
シエルは一瞬だけ躊躇ったが、やがて大鎌を構えた。
「風の死神、いきます」
「じゃあ、炎のウサギ、負けないから!」
校庭に、風と炎がぶつかり合った。
炎球が風の壁に当たっては、閃光のような衝撃が走る。
見学していた生徒たちは、息を呑んで見守った。
「すご……」「バトル、始まった!?」
シエルの風は繊細に、だけど迷いなく刃を描く。
ウサギの炎は荒々しく、感情の波そのものだった。
「本気、出してないよね」
「そっちこそ……まだ余裕ありそう」
ふたりの攻防が続くなか、ふと風が静まり、炎が揺れた
「なんで……戦ってるんだろ」
シエルが、ふと呟いた。
ウサギは炎を止めた。
「……私、友達ってどうやって作るのか、わかんないだけ」
「私も。……ただ、誰かを守れる魔法を使いたいって思っただけ」
ふたりは、戦いをやめた。
炎と風が、静かに消える。
「……また、戦うかもしれないけど」
「その時は、もっと本気で」
ふたりは少しだけ、笑った。
そして、その様子を見ていた、もう一人の魔法使いがいた。
月色の瞳が、静かにふたりを見つめていた――。
校庭の風が、ふたりの間をそっとなでるように吹き抜けた。
「……不思議だね」
「なにが?」
シエルが、大鎌を肩に戻しながら言う。
「さっきまで戦ってたのに、こうして話せてる。きっと、それって――私たち、少しだけ似てるのかも」
ウサギは目を見開いて、口元にふっと笑みを浮かべる。
「あんた、ちょっと変わってるけど……嫌いじゃないかも」
それは、ウサギにとって最大限の歩み寄りだった。
ふたりは、無言のまま空を見上げる。
空には、まだ見慣れない二つの月が、淡く輝いていた。
「これから、どうなるんだろ……この世界で」
シエルがそっとつぶやいた時――
「おしゃべりは終わった?」
静かな声が、上から降ってきた。
木の影から現れたのは、月光のように白い髪、そして紫の瞳を持つ少女。
「……あなたが、紫月カンナ?」
「風の音、炎の揺れ。私の眠りを邪魔するには、ちょっと騒がしかったかしら」
カンナは手をひと振りするだけで、周囲の空気を凍りつかせるような“静けさ”を作り出した。
シエルとウサギは、その力に息を呑む。
それは、決して派手ではないけれど、圧倒的な存在感を放っていた。
「あなた、戦うつもり……?」
「いいえ。ただ、面白そうな風と炎がぶつかり合ってたから、見に来ただけ」
カンナの瞳が、ふたりをまっすぐに見つめた。
「……今はまだ、ね」
それだけ言って、彼女はすっと踵を返す。
その背に、月の魔力がかすかに揺れていた。
風と月と炎、三人それえば最強です みらい @nino_06
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