第2話「運命の火、揺れる」

異世界に落ちてから、何日が経ったのか分からない。

 シエルは空を見上げながら、風に耳を澄ませていた。


 風はささやく。

 どこかで──何かが、起こっていると。


「……風が、騒いでる。何か来る。」

 その瞬間、空気が熱を帯びた。

 遠くで何かが燃えている。爆ぜるような音。

 風の魔法使いのシエルには分かる。これは、ただの火じゃない。


「……魔法の炎。」

 そう呟いた時、風が彼女を導くように吹いた。

 大鎌を手に、シエルは駆け出した。


 向かった先は、黒い煙が立ちのぼる小高い丘。

 その中心で──炎をまとう少女が立っていた。


 赤い髪、赤い瞳。

 その口から吹き出した火は、まるでドラゴンの吐息のように激しく。


「あんた……誰?こっち来ないでよ。燃やすから。」

 少女は炎を纏っていた。

 その手には、魔法の火球が揺れている。


「私はシエル。風の魔法使い。

あなた……この炎、どうして?」

「……敵だと思ったのよ。近づかないでって言ったじゃん。」

 炎がシエルの風とぶつかり、煙が渦を巻く。

 だが、その中心で二人は目を見つめ合っていた。


「……名前は?」

「宵月ウサギ。炎の魔法使い。」

「ウサギ……悪いけど、協力してもらうわ。この世界、危なすぎる。」

「……はあ?いきなりなによ。」

「でもまあ……アンタ、風のくせに面白そうだし……ちょっとだけ、一緒にいてやる。」

不穏な風が再び吹いた。

 丘の向こうから、ギシギシと地を這うような音が近づいてくる。


 シエルが一歩前に出ると、木々の影から黒い影が現れた。

 体の半分が溶けかけた魔物──この世界にしかいない、異形の存在。


「また出た……さっきもこいつらだった。」

 ウサギが唇を噛みながら、手に炎の玉を作る。


「この魔物……魔力を吸ってくるんだよ。

だから、あたしの炎もだんだん効かなくなってきてる。」

「なら、私の風で吹き飛ばす。タイミングを合わせて。」

「……へえ。風と炎の合わせ技?面白そうじゃん!」

 魔物が地を這うように迫ってくる。

 そのとき、シエルが静かに大鎌を振った。


「**風よ──“切裂(セツレツ)”を。」」

 空気が鋭く割れ、魔物の進行が止まった。

 その隙に、ウサギが駆け出す。


「ファイア・ブレイク!!🔥」

 風に乗った炎が、一直線に魔物を貫いた。

 爆風が丘を揺らし、黒煙が立ちのぼる。


 しばらくして、辺りは静かになった。

 倒れた魔物の残骸が、まるで消えるように消滅していく。


 ウサギは肩で息をしながら、シエルを見た。


「……あんた、結構やるじゃん。」

「あなたも。あの一撃、なかなかだったわ。」

 ふたりは、ほんの少しだけ笑った。


「まあ、アンタとなら、組んでも悪くないかもね。」

「……よろしく、ウサギ。」戦いが終わり、丘の上に夕陽が差し込んでいた。

 シエルとウサギは、大きな岩に腰かけて一息つく。


「はー……疲れた〜〜。

アンタ、さっきの風、ちょっと強すぎじゃない?」

 ウサギがくったりと背中を倒しながら言った。

 シエルは少しだけ笑って、空を見上げる。


「風は、使い方を間違えると命を奪う。

……だから私は、いつも力を抑えてるの。」

「ふーん……あんた、見た目は死神っぽいのに、

いちばん人の命に優しいの、変なヤツ。」

「よく言われる。」

 その瞬間、空に一筋の光が走った。

 流れ星のようなそれは、空を裂くようにして消えていった。


「……今の、何?」

「わからない。でも――風がさっきとは違う。

もっと、大きな“何か”が動いてる。」

 風がざわつく。炎がちらりと揺れる。

 二人は立ち上がり、丘の向こうを見つめる。


 遠くから、誰かの気配がした。


「……誰かが来る。」

「敵?」

「……いや、魔力の感じが違う。冷たくて、でも……優しいような。」

 その時、風がふわりと流れ、

 月の魔力がほんの一瞬、空に滲んだ。


「もう一人、来るのかもしれない。」

「新しい仲間……かもね。」

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