風と月と炎、三人それえば最強です

みらい

第1話「風の死神、目覚める」

『風と月と炎、三人そろえば最強です。』

第1話 《風の死神、目覚める》


 空は晴れていた。けれど、風はざわめいていた。


 ここは、魔法学校〈アルテミス学園〉。世界各地から才能ある魔法使いの卵たちが集まる、浮遊島に建てられた巨大な学園都市。その最上階、風の塔にある実験室で、緑十字シエルはいつものように風を読んでいた。


 彼女の手には、黒鉄の大鎌。死神のような見た目だが、その瞳には殺意の欠片もない。ただ、風の流れに耳を澄ませ、仲間たちの声を感じようとしていた。


 「シエル、今日も静かだねー」

 隣から、宵月ウサギの陽気な声が聞こえた。

 「そんなに真剣にならなくても、風って適当にブワッてやればどうにかなるんじゃない?」


 「……風は、そんなに単純じゃないよ」

 シエルは静かに言い返す。口数は少ないが、彼女の声はどこか優しい。


 「カンナ、どう思う?」

 ウサギがもう一人の少女に声をかける。月の魔法を司る、紫月カンナ。長い銀髪をたなびかせ、窓の外に目を向けたまま、彼女はぽつりと答えた。


 「風は、月の引力とも関係がある……。シエルの言ってること、間違ってないわ」


 「ほら見ろ」

 シエルがほんの少しだけ、口の端を上げた。


 その時だった。


 「では今日の授業は、次元風の操縦実験に入る!」

 教師の号令と共に、塔の中央に設置された魔法陣が青白く光り始める。


 (次元風……?そんな不安定な魔法、まだ実験段階のはず……)


 シエルが不安を覚えた刹那、魔法陣が脈打つように暴走を始めた。


 ドォンッ!!!


 爆音。空間が裂ける音。魔力の渦が実験室を飲み込んでいく。


 「ウサギ!カンナ!!」


 彼女は仲間の手を掴もうと必死に伸ばす。だが、指先は何も掴めず、逆巻く風に引き裂かれ、光に飲まれた――。


 ……。


 ざぁぁぁ……。


 雨音。冷たい石畳。


 シエルはゆっくりと目を開けた。


 目の前には見たことのない建物。空は灰色、空気は重く、風が……拒絶するように、彼女の魔力をはじいている。


 「ここは……どこ……?」


 彼女は立ち上がる。手に握られたままの大鎌。その先に広がるのは、知らない世界。


 風の魔法が使えない。けれど――


 「ウサギ……カンナ……必ず、見つけるから」


 風の死神は、静かに歩き出した。

 シエルはゆっくりと体を起こした。冷たい石畳に打たれた雨の感触が、肌を刺すように伝わってくる。

 ここは、明らかに学園とは違う。どこまでも重たい空気、濁った空、色を失ったような街並み。


 「……異世界、か。」


 風の魔法は、空間の流れを読むことで発動する。だが、今は何も感じない。

 風が、……沈黙していた。


 シエルは立ち上がり、大鎌を手にした。刃は黒曜石のように鈍く光り、死神の名を持つ彼女にふさわしい威圧感を放つ。

 けれど、その刃は、誰かを殺すためのものじゃない。

 「守るためにしか、使わない」

 その信念だけが、シエルを支えていた。


 


 ザッ……


 遠くの路地から、足音がした。

 濡れた地面を踏む軽い靴音と、荒い息。

 ……子供?


 シエルがそちらを向いた瞬間、小さな男の子が角を曲がって駆けてきた。服はぼろぼろ、顔には泥と恐怖の涙がこびりついている。

 その背後――不気味な咆哮が、響いた。


 


 「……魔物か。」


 


 牙のような黒い身体。溶けたタールのようにうねる影。目だけが光を宿して、獲物を狙っていた。

 異世界に特有の“魔食獣(ませきじゅう)”。

 シエルの体が反射的に動く。少年の前に立ちはだかり、大鎌を構えた。


 


 「風よ……来て」


 


 静かに唱える。けれど、風はまだ応えてくれない。

 焦るな。自分を信じる。

 深く息を吸い、雨の匂いを感じる。空気の流れを読む。


 


 (あった……ここだ)


 


 大鎌を振り抜いた瞬間、空気が一閃する。

 風が、叫んだ。

 魔物の動きが止まり、シエルは風圧の一撃でそれを吹き飛ばす。だが、殺しはしない。命は、奪わない。

 魔物は苦悶の声をあげ、霧のように姿を消していった。


 


 「……助けて、くれたの……?」


 少年が、震える声で呟く。

 シエルは黙って頷くと、フードをかぶりなおし、くるりと背を向けた。


 


 「風が吹いてるうちは、大丈夫。……泣かなくていいよ」


 


 そして、彼女は歩き出す。

 風は、少しだけ優しく吹き始めていた。

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