第34話:策略と襲撃
会議が終わり、文官たちが退席する中で、加賀谷はレオンの隣に歩み寄った。
「助かった。君がいなければ、ここまでは一晩では動かなかった」
「ま、カガヤのやることは無茶だけど、結果出すからつい応援したくなるんだよな。……それに、オレもこの都市が好きだからさ。潰されたくない」
レオンは笑い、手をひらひらと振った。
その言葉に、加賀谷もわずかに口元を緩めた。
* * *
その頃、ヴァルド・レヴァンティスは書斎の机に肘をつき、燭台の灯が揺れるなかで書簡を読み返していた。
「帝国の手が、静かに、しかし確実に忍び寄っている……」
視線を落とす書簡には、情報官ライズからの報告が記されている。
帝都から放たれた金の流れ。その先に名前の挙がった一人──カッセル・グリマード。
ヴァルドは椅子にもたれ、低く息をついた。
「だが……我が君の火の粉は、私が払おう。すでに“あれ”を向かわせた。間違いはない」
思い浮かぶのは、一人の男の影。
もし、かつての公国内乱に彼が参戦していたならば──
あの加賀谷も、近衛隊長ガロウも、無事ではいられなかっただろう。
「私も、私の役目に集中せねばな。……次は“帝国”の深部に踏み込むとしようか」
ヴァルドは静かに席を立った。
* * *
「……ふん、余計なことを」
夜更けの屋敷。ギルド幹部・カッセル・グリマードは、窓の外に広がる自由都市の灯を見下ろしながら、薄く笑った。
帝国からの密使と交わした契約文書は、今も金庫の奥で封印されている。これまで帝国から受け取ってきたのは金と物資、そして“見えない庇護”だった。交易の安定、周辺盗賊への軍の圧力、そして何より──自分にとって都合のいい秩序。
──あの日の会談は、実に実り多いものだった。
場所は、都市郊外の古びた宿の一室。窓は分厚い帳で閉ざされ、外の音は何ひとつ聞こえない。
「つまり……このまま新通貨とやらを広めさせるわけにはいかない、ということか」
カッセルの問いに、対面の男──帝国の密使と名乗る貴族風の男は、頷いた。
「ルーメという通貨は、今や他国の注目を集めつつある。我が帝国としては、それを“通貨戦争”の火種と見なしています」
「は。ご大層な言いぐさだな。単に“あんたらの銀貨”が基軸の座を追われそうって話じゃないのか?」
「表現はどうでも構いません。我々にとって問題なのは、徴税権と軍事的支配の根幹が揺らぐことです。民が『国家より通貨を信じる』ようになれば、やがて国家の命令は届かなくなる」
「それが怖いと……ふん、兵を差し向けるか? また占領するってのは?」
「軽々しく軍を動かす時代ではありません。だからこそ、内から崩すのです。民の不信を煽り、信用を損なう。崩すのは、制度ではなく“信じる心”だ」
カッセルは、しばし沈黙したあと、にやりと笑った。
「いいね。悪くない手だ。こっちも、自由都市の“理想”には少しばかり食傷気味でね。綺麗事より金、正義より利益──そうでなくちゃ商人はやってられん」
密使は懐から厚い封筒を取り出し、卓上に置く。
「協力の報酬です。加えて──事が済んだ暁には、帝国第八方面軍が貴市の“安全保障”を請け負う段取りになっています。交易港の利権と、都市東部への駐屯地設置をお約束しましょう」
「……駐屯地、ね。いよいよ本気で囲い込む気か」
「覇権とはそういうものです。遅れて気づいた国には、もう椅子は残されていません」
カッセルは、酒を一口含みながら思った。
──帝国が焦っている。
──だが、それでもなお、まだ公国よりは“使える後ろ盾”だ。
そして今。
「……ま、うまい蜜を吸わせてくれるうちは、悪くない。後ろ盾が公国じゃ、商人としては不安でな」
カッセルは椅子を立ち、窓を閉める。そして背後の扉に目をやった。
「念には念を、だ。──“彼女”を潰せば、すべて止まる」
静かに手を振る。扉が開き、黒装束の刺客が一礼した。
「感知装置の開発者、ミロ。……潰してこい。今のうちに芽を摘め」
* * *
一方その頃、静まり返った工房の奥。
ミロは小さな魔導端末に魔力を注ぎながら、眉間にしわを寄せていた。
「……これで、転送痕が……追跡可能……いや、まだ甘い……」
机の向こうでは加賀谷が書類を広げ、取引所ごとの端末配備リストを確認している。
「ミロ、少し休め。ここ数日、寝てないだろ」
「だ、大丈夫ですぅ……こ、これが完成しないと、信用、守れませんから……」
そう言いつつ、頬の下にうっすらとクマを作った少女の目は、それでも真っ直ぐだった。
「でも……ありがとです、れいしゃちょー。もうちょっとだけ……がんばります」
加賀谷は小さく頷いた。
だが、その直後──。
外の空気が、わずかに震えた。
窓が、風もないのに軋む。
加賀谷が身を起こしかけたそのとき、建物の外で、何かが弾けるような音が鳴った。
* * *
刹那、黒装束の男が屋根を滑るように降り立つ。
だが──その背後に、気配すらなく現れた影が一つ。
「“武”を誇るとは、こういうことを言うのだ」
静かな声とともに、鈍い一閃が夜を裂いた。
突如現れたのは、ヴァルドの右腕、ランカ・バルザ。
刃は交わらず、拳も交わさず。
ただ、風が吹き抜けただけのように見えた。
だが次の瞬間、刺客は地に伏し、二度と立ち上がることはなかった。
ミロに届く寸前──いや、届く未来すら許さぬ速度で。
それが、化け物と呼ばれる所以だった。
もしこの男が、公国の内乱時に敵として現れていたら。
──加賀谷も、ガロウも、誰一人生き残れなかっただろう。
ランカはひとつだけ視線を工房へ送り、風のように姿を消した。
* * *
その夜、都市の一角で走った事件について知る者はほとんどいなかった。
だが、翌朝には一部の市場で──
「感知装置は怪しい」「偽貨幣の正体は未解明」などといった噂が流れ始めていた。
その発信源をたどれば、あるギルド幹部の密会記録に辿りつくことになる。
──名は、カッセル・グリマード。
◆あとがき◆
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