4

 今なら全てわかる。私たちが四季に対して感じていたものが何であったか。


 私たちは四季が好きだった。好きになるように作られていたからだ。私たちは四季が好きで、私は四季が――。


 私は四季が好き――。


 この姿になる前から。子ども用ロボットだったときから、ずっと。だって、そういうふうに作られていたから――。


「ここ、外の世界なんだね」


 私は病室を見回しながら言った。外の世界。卒業後に行くはずだったんだったんだけど、一足早くなっちゃった。


「そうだよ」


 四季の声。


「壁なんてなかった」


 私は言う。ここまで車で来たけど壁なんて見なかった。あ、でも。「途中目をつぶってたから。そのときに通りすぎちゃったのかな」


「壁なんてないよ。元々。君たちを閉じ込めておくために――そういう話をしたんだよ」


 私はわけがわからなくなってしまった。私は胸の前で自分の両手を握り合わせた。よくわからない感情が、どっと私に押し寄せた。感情。変な話。ロボットなら、感情なんてないはずじゃない?


 気づけば、私の頬に涙が流れていた。どうして涙が流れるの? ああ、そうか、人間的な体に作ったからか。でも涙を流す機能って……いらないじゃない? 目にゴミが入ったときは役に立つかもしれないけど。


 悲しいときに流す涙なんて、いらないじゃない。


 私は悲しいの? よくわからなかった。とにかくいろんなことがごちゃごちゃしていた。笑い出したくもあった。うろたえた、四季の声が聞こえた。


「まどか……」


 四季が困ってる。これはよくないことだ。ロボットが人間を困らせてはいけない。ロボット失格だ。でも私は――なんだか胸が痛くて――。


 おかしな話。魂のないものは痛みを感じないって。そう言ってたじゃない。そうだよね、冬馬。


 私たちには魂なんかないはずなのに。


 病室の扉が開く音がした。誰かが入ってくる。私は慌てて涙を拭って振り向いた。入ってきたのは、黒崎さん、四季の父親だ。


「四季、話は終わったか?」


 黒崎さんが四季に尋ねる。四季がすぐに言った。


「いや、まだ……」

「まどかさん、学園に戻りましょう」


 私は扉の近くにいる黒崎さんと向かい合う。四季に背を向けて。黒崎さんは私を見て、はっきりと言う。


「学園に、帰りましょう」


 そうだ。そうすべきだ。私は思う。これは命令。人間からの命令だ。ロボットはそれに従わなくてはならない……。


 私は黒崎さんのほうに向かって、ゆっくりと歩き出す。そのとき背後で声が聞こえた。真剣で、必死で、無視することができない声。私が愛した、私の大切な友人の声。


「まどか!」


 私を呼ぶ声。私はどうするべきかわからない。進むべきか、とどまるべきか。わからず――私はその場に倒れた。





――――




 2月だった。冷たい風の吹く、灰色の日だった。黒崎は――四季の父は――一人、自室の食堂にいた。


 いや、正確には一人ではないのかもしれない。食堂には夕食の用意をするロボットもいた。黒崎は、窓から灰色の冬の黄昏を見た。すでにかなり暗い。室内には明かりがついている。


 四季の葬式がすんで、2日が経過していた。四季は死んだ。息子は――細かな雪がちらほら舞う2月に、静かに息を引き取った。


 わかっていたことだった。幼い頃から体が弱かった。長生きはしないだろうと言われていた。すでに余命も宣告されていた。


 だから全て――わかっていたことなのだ。


 息子自身も、四季もそれを受け入れていた。そして亡くなる1年ほど前に息子は言ったのだ。ロボットたちの学園に入学してみたい、と。


 隔離されて、ロボットたちだけが暮らす実験場。そこにはときに研究のために人間が入ることもある。息子の申し出は無茶ではなく、そして受け入れられた。


 あの学園には息子が好きだったロボットがいるのだ。姿は変わってしまったけれど。人工頭脳は同じものだ。姿を変えた際に、息子との記憶も消した。ただ、少し残っていたらしい。不思議な夢を見る、興味深い個体だ。


 学園に通わせて、ロボットたちを少しずつ成長させていく。冬眠の間にボディを変えるのだ。その際いくらかの調整も行う。金のかかる、道楽的な実験だ。


 食事の時間になった。妻の繭子が入ってくる。青ざめた顔をして、頼りない動作で。


「……あまり、お腹が空いてないの」

「でも食べなければ」


 一人息子を失った妻の歎きは深い。気持ちはわかる。四季は、私にとっても息子だったのだから。けれど――わかっていたことじゃないか。四季が長生きできないことは。次の春には、もういないだろうということが。


 繭子がぎくしゃくした動作でテーブルについた。黒崎もカーテンを閉め、向かいに座った。部屋の明かりがいやに白く、全てを嘘っぽく空々しく見せていた。


「行かせなければよかった」


 食事の準備が終わり、ロボットが退出する。繭子が小さな小さな声で言った。


「なんの話だ?」

「四季のこと。あんなところに行かせなければよかった。あんな……ロボットたちばかりの狂った世界」

「……。それが四季の望みだったのだ」


 四季との時間がわずかしかないのに、離れ離れになるのは辛いことだった。けれども四季の意思は固かった。息子の気持ちを尊重したかったのだ。あまりわがままを言うことのない、息子なだけに。


「何も食べたくない」


 繭子が夕食に視線を落として言った。黒崎は強い調子で妻に言った。


「食べなさい」


 命令だった。繭子が箸を取る。そして不器用に、食べ物をつまむ。


 息子が好きだったロボットを、まどかを、人間にしようかと言ったのは自分だった。冗談のつもりだった。けれども息子はその提案に飛びついてきたし、たしかになかなか面白いだろうと思ったのだ。

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