5

 黒崎もまた箸を取り、白米を口に運び、つらつらと考える。


 まどかを買ってきたのも、まどかという名前をつけたのも君じゃないか、と妻の顔を眺めながら黒崎は思う。子どもの頃飼ってた猫の名前だと言って、まどかという名前をつけたのだ。


 そうだ、それで四季があるとき、学校で、「円」という漢字は「まどか」とも読むと教わって帰ってきたのだ。そして四季はまどかに言った。「まどかって、円っていう意味なんだよ。なんだかそれ、ぴったりのような気がする」言われたまどかは戸惑って、四季の周りをくるくる回っていた。


 あとで四季は言ったのだ。まどかは僕を包んでくれる存在なんだ、と。くるっと丸く、僕を暖かく包んでくれる、僕はその中にいると安心できる、だから「まどか」が「円」というのはぴったりだと思ったんだ。


 息子は……やはりロボットに依存しすぎたのだ。体が弱く、友達も少なかったから、仕方のないことだったかもしれないが。


 ロボットたちの冬眠の日が近づき、息子はその前にまどかに会いたいと言ったのだ。冬眠明けまで息子は生きていないだろうと思われた。だから、特別にまどかを、あのロボットを呼んだのだ。


 最後はロボットの頭脳に負担をかけてしまった。私の命令、学園に帰りなさい、という命令と、息子の願い、とどまるようにという二つの指示が重なって、結局どちらも選択できず倒れてしまったのだ。まあしかし、ちょっとした混乱だ。大きな損傷ではない。


 繭子は静かだった。黒崎は妻を見た。繭子は静かに、少しずつ夕食を食べている。箸が、機械的に動く。ほんの少し食べ物をつまんで、それを口に持っていって、ゆっくりと咀嚼する。その繰り返し。


 機械的――。黒崎の思いは、冬馬と名付けられたロボットに飛んだ。この個体は奇妙な脚本を書いた。そっくりな二人の人物が出てくる物語。片方が片方の立場を奪ってしまう。


 そっくり……か。たしかに、学園にいるロボットたちは人間と見た目がよく似ている。彼らは自分たちがロボットであることは知らない。人間がそこに入ってきても、自分たちとは違うものだということがわからない。いや、わかってはいる。彼らは人間を人間だと認識できる。けれどもそれを意識させないようなシステムになっている。


 四季を学園に行かせたのは、そこが四季にとって安全なところだとわかっていたからだ。ロボットたちは四季を人間だと思うことはないけれど、無意識の部分でそれを認識しているので、四季には決して逆らわない。


 彼らは自分たちをロボットだと思っていない。ロボットという言葉も存在も知らないはずだ。それは学園内から排除されている。


 なのに――。劇の内容は四季から聞いた。不安を覚える内容だった。そっくりなものに取って代わられる――そっくりな人間とロボット――。魂のないもの、という台詞――。


 そして13月――。13月とはなんだ? 入り込んだ人間の誰かが冗談を広めたのだろうか。それともロボットたちが作り出した?


 ともあれあの冬馬というロボットは気になる。調査の必要があるため、卒業の前に研究所へ送られることになった。そのため他のロボットたちの記憶を調整する必要がでてきた。もちろん四季のことも記憶から消しておかねばならない。


 ロボットたちは――奇妙な代物だ。


 13月。13月へと続く扉というものがあるらしい。黙って食事をしながら、黒崎は想像した。


 私は扉の前に立っている。扉が開く。その向こうに――何が待っているというのだろう。




――――




 ぱちりと目が覚めた。ここはいつもの私の部屋、私のベッド。そしていつもの朝。


 私はベッドから抜け出した。カーテンから朝日が入り込んで明るい。今日もいい天気。3月も終わりに近づいてて、このところ、ずっといい天気が続いている。最後の3月なんだ。この学園で過ごす最後の3月。私たちはもう数日したら卒業だ。


 制服に着替えて、それからカーテンを開ける。朝の光がまぶしいな。私、朝って好き! なんだか気持ちがよいし、前向きになれるから!


 私は鏡で自分をチェックした。髪の毛をちょいちょいとくしでとかす。後で、洗面所でちゃんと寝癖を直さなくちゃ。


 紺のブレザー、チェックのスカート。リボンもきちんとつけて……うん、悪くない。


 私の名前はまどか。この学園の最終学年の生徒。ここは閉ざされた学園で、私はここで12年過ごしたんだ。


 私には親しい友達がいる。千早に如月。この二人はこの学園に入った最初の頃に仲良くなって、そして私たちはずっと一緒だった。ずっと一緒に。3人で――……。……。


 鏡の中の自分に私はほほえむ。この制服着るのもあと少しなんだよね。卒業したら外の世界に行くの。そこでマスターに仕えるんだ。


 12年、12ヶ月。この学園でくるくると四季を繰り返した。もっとも12ヶ月のうち3ヶ月は眠ってるし、冬はほとんど知らないのだけど。


 私たちの学園は壁に囲まれている。壁はなんだか――怖い。私だけじゃなくてみんなもそうみたいで、誰も近くまで行ったことがない。


 でもその壁の外に――私たちは出ていくんだ。壁には扉があるのかな? たぶんあると思う。よじ登って出ていくのも変だし。


 扉。私は扉を想像する。


 私は扉の前に立っている。扉が開く。その向こうに――何が待っているというのだろう。

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夢の続きの13月 原ねずみ @nezumihara

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