3

 私と黒崎さんは車から出て、建物の中に入っていった。そこは白くて明るくて清潔な場所だった。たくさんの人がいる。子どもにお年寄りに中年の人々。学園の構成が偏っていることがわかる。学園にも大人の先生たちやお店の人はいるけれど、多くは若者だもの。


 白衣の医師やナースの姿も見える。そして――見慣れぬものが歩いている。


 いや、「歩いている」のではない。滑っている。それは不思議な形の物体だった。


 丸い頭。人間のような目や口がついている。円筒形の体。足はない。でも滑るように動き回る。腕は二本ある。


 体は白い。白にアクセントとして灰色や黒。そして彼らは――金属でできている。


 つやつや光る白い金属。鋼鉄の体。鋼鉄の腕。鋼鉄の――そう、夢の中の私だ。夢の中の私は、こんな腕を持っていた――。


 不思議な物体は、私の前に来て止まる。丸い顔の中の、丸くて黒い瞳がじっと私を見た。そのときにわかった。視線が合ったときに。私は知っている。この物体が何か知っている。


 これはロボット。


 そして私は昔――ロボットだった――。




――――




 四季の病室に通された。個室だ。ここも、憎らしいくらいに白くて明るくて清潔だ。


 黒崎さんが部屋を出ていく。部屋には――私と四季の二人きりになった。


「久しぶりだね、四季」


 四季に近づいて、私は言った。四季が何か答えようとする前に、私は続けた。


「あなたの小さな友達だよ」


 四季が――その白い綺麗な顔に、驚きがみるみる広がる。四季。思い出してくれる? 私があなたにこんなふうに呼びかけたのは、これが2回目。


 1回目は――最初は私たちが出会ったときだった。あなたはまだ小さかった。あなたは4歳で、私は工場から出荷されたばかりのロボット。


「あなたの小さな友達」。そうだよ、私は、私たちはそう呼ばれていた。子ども用の、遊び相手のロボット。病院で働くロボットたちよりも小さくて、でも見た目は大体同じ。


 私たちは言うの。私たちのマスターに最初に会ったときに。「あなたの小さな友達だよ」って。


「……父さんから聞いたの? その……君が、僕たちの家にいたときのこと」


 四季が小さな声で言った。私は首を横に振った。


「違うの。思い出したの。病院でロボットに会ったときに。自分が何であったか」

「そうなんだ……」


 四季は、ベッドの上に座る四季は、私から顔をそむけ、白いふとんを見た。


「私、ロボットだったんだね」


 冗談めかして私は言う。本当になんの冗談なの? この奇妙な台詞は何? でも私は――たしかにロボットだったの。私は明るく続けた。


「どうして人間の姿になったの? ああ、人間じゃないのか。私たちは――」


 物を食べることもできないし。時間がきたらどうしても眠っちゃうし。夢も見ないし――ううん、私は見たけど。


 四季、あなたの夢を。あなたといた、過去の時間の夢を。


「僕がお願いしたんだ、父さんに」わずかに笑みを浮かべて四季は言う。「僕の父さんはロボットの研究者だから。僕は、まどか、君のことが大好きだったんだ。でも母さんは僕がまどかに執着しすぎると言った。たしかに僕はもう10歳になろうとしていたし、子ども用ロボットとはお別れするべきだった。でも僕は嫌だったんだ。まどかが人間だったらいいのに、って、すごく思った。そしたら父さんが、人間にしてあげる、って。本物の人間ではないけど――」


「この体は、機械だよね?」


 私は自分の腕をなでながら言った。四季の答えが返ってくる。


「そうだよ。人間にとてもよく似せて作られているけど」

「あの学園は、何?」


 閉ざされた学園。そこで、風変わりな暮らしをしている子どもたち。私たちは「新しい人類」って言われてた。でも違うよね。私たちはロボット。人間そっくりのロボットを作って、彼らだけの学園を作って、それで何をしようとしていたの?


「いうなれば、要は実験場で……特殊な環境に置いたロボットたちがどう反応するかと……、いや」


 最後の「いや」を大きな声で言って、四季は私を見た。「実験だなんて、そんなことは……」


 いいんだよ、四季。四季の顔がうろたえている。私が怒っているのかと不安になっているのかもしれない。でも私は怒ってない。


 私はロボットだから、人間である四季に刃向かうことはできない。ただ、子どもの遊び相手としてのロボットは、命令に従うだけじゃなくて、ときにすねたりわがままを言ったりをするけれど。でも根本的に反抗することはできない。


 マスターを傷つけないこと。それに反しない限り、マスターの命令を守ること。そしてこの二つに反しない限り、自分の身を守ること。これは絶対。私たちはこれを破ることはできない。


「君たちは手紙を書いてただろ」四季は言う。そうだ、手紙。私たちは定期的に両親に手紙を書いてた。でも両親なんて――いないじゃない。四季は続ける。「その手紙は研究者たちが読むんだ。僕は特別に君からの手紙を読ませてもらった。すごく楽しい手紙だった。楽しい学園生活で――僕は病弱で学校も休みがちだったから、すごくうらやましかった。こんな学園生活、僕もしてみたいって思ったんだ。だから、父さんに頼んで、君たちの学園に入れてもらってね」


 四季が笑う。どこか自嘲的に。私を見上げて四季は言った。


「僕は君たちよりいくつか年上なんだ。でもわかんなかっただろう?」

「そうね」


 わかんなかった。そもそも四季が人間で、私たちがロボットだってことも。でも私たちは心の底で、四季を特別だと思い、敬い――畏れもした。それは四季が人間で、私たちがロボットだったからだ。

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