2

 初めて会う男性はソファに座っていたけれど、私を見て立ち上がった。そして学園長先生が紹介してくれた。


「この人は四季くんのお父さんだ。黒崎さんという」


 四季の……お父さん!? 私は驚いた。この学園に生徒たちの保護者が訪れることなんて、ない。ともかく、私がそれを見聞きしたことはない。




――――




 四季のお父さんは大柄な人で、四季にあまり似てなかった。でも清潔で知的な印象があった。四季のお父さんは、黒崎さんは私に言った。


「四季は今、入院しているのです」

「はい、聞きました。学園の病院に……」

「ではなくて、違う病院です」


 違う病院!? ということは、学園の外の? 私は一気に……恐ろしくなった。


 四季は外の世界にいるの? 私たちが卒業まで、足を踏み入れることのない外の世界に? なぜ?


 学園の病院じゃ用が足りないから? そこでは四季の治療ができなくて、もっと大きな病院に行く必要があって、それが外の病院だった?


 四季はそれくらい……体の調子がよくないの?


 私が固まっていると、黒崎さんは言った。


「私と一緒に来てほしい。四季が、あなたに会いたがっているのです」


 四季が私に……。待って、では私は外の病院に――いや、それがどこにあるかわからないけど、そこに行くということに……。


 外? 外の世界に?


 急な展開に、私は上手くついていけない。それに四季は。四季は大丈夫なのだろうか。そんなに具合が悪いのだろうか。


 私は考えがまとまらぬままに、黒崎さんの言葉に「はい」と言っていた。私は黒崎さんとともに学園長室を出ていく。




――――




 外に出ると、そこに車が止まっていた。自家用車だ。


 このタイプの車を、学園内で見ることはない。学園にある車は、バスとか輸送車とか救急車とか、そういった類のものだ。生徒はもちろん、先生たちも、学園内では個人の車を持っていないからだ。


 車には運転手がいた。私は黒崎さんとともに後部座席に入る。無言。誰も何も言わぬまま、車が動き始める。


 どういうことなの!? 私は罠にかけられた動物みたいな気持ちになっていた。でもこれはたぶん……罠じゃない。学園長先生が、一体なんの意図があって、私を罠にかけるの?


 本当に四季が体調が悪いのだ。でもすぐ冬眠があるから――冬眠すれば、体の具合はよくなるはず!


 私は固まったように座っていた。両手を膝の上で握りしめる。窓を見ると、外の光景が次々流れていく。車は山に向かっているようだ。


 山道を上っていく。私は不思議な気持ちになる。ひょっとすると……山の中に隠された病院でもあるのかな。


 けれどもそんなものは現れない。車は走り、やがて、私が見たことのない光景になる。学園内にこんな場所があったなんて、知らなかった……。


 遅い秋の山の風景が次から次へと流れていく。色づいた葉もあれば、裸になった木も見える。裸の木は、歪んだ骨のようだ。建物は何もない。車は上り、峠を超えたのか、下り坂になっていく。


 しばらくは同じような光景が続いた。でも私ははっとした。人家が見える! 田舎の一軒家! こういう家は本や映像で見たことある! けれど、学園には存在しないものだ!


 鼓動が大きくなる。ここはどこなの? ここは学園の中? 私も学園の隅から隅まで見て回ったわけじゃないから、こういったものがあることを、単に知らなかったのかも……。


 ずいぶん遠くまで来てしまった気がする。じゃあそろそろ壁が現れてもいいんじゃないの? 壁……。私は壁が恐ろしい。私だけじゃなくて、学園の子たちはみんなそう言う。その壁に、私は対峙することに……。


 ううん、卒業したら壁の向こうに出ていくから、結局対峙するのが早いか遅いかの違いだけど。


 人家は増え、そして道幅が広がったことに気づいた。反対車線から同じような自家用車がやってくる。学園では見ることのないタイプの車が……。本当にここは――どこなの!?


 私はめまいを感じた。シートに体を預け、目を閉じた。怖い。ここはどこ? 私はこれからどうなるの?


「心配する必要はありません」黒崎さんの声が聞こえた。私の恐怖がわかったみたいに。「あなたはただ四季に会うだけ。恐れる必要は何もない」


 恐れる必要は……何もない……。黒崎さんの声は落ち着いて堂々としていて、自信にさえ満ちていた。私はすがるようにその言葉を頭の中で反芻した。


 恐れる必要は……何もない……。そうだ。この人の言うことが正しい――。




――――




 私はほとんど目を閉じ、たまにちらりと開けて外を見た。外の光景は、田舎から街へと変わっていた。たくさんの建物が見える。高いビルもいくつか。私が――本や映像で見た光景。学園にはない光景。


 けれども私は何も考えないように努めた。恐れる必要はないと言われたのだから。それが「正解」だ。


 白い大きな建物があって、その駐車場に車は止まった。看板があって、「病院」の二文字が見える。たぶん、四季が入院している病院だ。

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