第5章 卒業
1
11月になった。冬眠前の最後の1ヶ月だ。そして卒業まで本当にあともう少し――。
その日私は部屋の片付けをしていた。外の世界に持っていくもの、持っていかないものを分別! といっても自分の持ち物は大した量じゃないから、全部持っていけそうではあるけど。
部屋には千早がいて、私の片付けを手伝ってくれる。
「えっ何これ、懐かしすぎる!」
千早が声をあげる。私が細々としたものを入れていた箱から出てきたのは、小さなうさぎのマスコット。リボンやレースで飾られた、ひらひらのかわいいピンクのドレスを着ている。
昔まだ幼かった頃に、千早とおそろいで買ったんだよね。二人ともすごく気に入って、このうさぎはお花畑の妖精なんだと思うことにした。ずっと一生、大事にしようね、って誓い合ったんだけど……。千早は覚えてないのかな。
「千早も同じの持ってたよね」
私が言うと、千早はうさぎを手に持って見つめたまま答えた。
「うん。でもドレスの色とデザインが多少違うんだけど」
「もう捨てちゃったの?」
「いや、持ってるけど」
持ってるんかい。千早がうさぎを私に返した。私はうさぎを受け取り、そしてうやうやしく言った。
「この子は」そして、外の世界に持っていくものたちを入れる箱に移した。「外の世界行きです」
千早が楽しそうに笑っている。
「ねー、如月からもらったものとかないの?」
千早がごちゃごちゃした、アクセサリーやらキーホルダーやらを掻き混ぜながら言った。
「ないよ」
文化祭のときもらった風船はもうとっくにしぼんでるし。
千早がにやにやしている。
「文化祭のときさ、一緒に踊ってたじゃん。あれが決定打だよ。もうみんな、まどかと如月は特別に親しいんだなって思ってる」
「ふーん……」
文化祭……たしかに一緒に踊ったけど! でも特別親しい仲なのかな?
ずっとそばにいてくれたらいいって言われた。俺はまどかのことが……って。でもその先は知らない。好き、だとか、付き合ってほしい、だとか、そういうことは言われてない。
踊ってくれる? とは言われたよ。だから私はその手を取って、一緒に踊った。楽しく踊った。でもそれっきり。次の日からは、いつもの如月でいつもの私で、いつもの、友達同士の二人で……。
うーん、よくわかんないよー!
如月にはっきりしてほしい、かな。でも少し怖い。私たちはずっとよい友人同士だったし、先に進むのはもう少し後でもいいような気もする。それこそ、卒業してからでも。でもそんなふうに先送りしていたら、如月が別の相手を見つけたりして。はは……。
それはそれで……悲しい気持ちもするけど……。
「……最近ちょっと、冬馬が心配でさ」
千早がぽつんと言った。冬馬。実は私も少し気にかかっている。
冬馬の劇はなぜだかわからないけど、先生たちからあまりよく思われなかったらしい。殺人を扱うから? 男女のドロドロだから? でもそんなに過激ではなかったと思うのだけど……。
でも。あの劇を見ていたとき、私も不安な気持ちになっていた。何か――近づいてはいけないものに近づいているような。そういうところが、先生たちのお気に召さなかった?
でも――近づいてはいけないもの、って、何?
「冬馬は妙に13月を気にしてる」
千早が言う。その表情に笑顔はない。千早は――冬馬が好きだから、本当に冬馬を心配してるんだ。
「もうそろそろ卒業だから、その前に13月が何か知りたい、って。でも私は――冬馬の気持ちがわかんない。13月って、ただの噂話だよね?」
うん。そうだよ。四季もだけど、どうして13月を気にするの? 四季のことも私は最近心配だった。また欠席が増えている。
「冬眠が始まれば――」私は言う。「冬眠は体と心を癒すよ。3ヶ月も眠れば全てがよくなってる」
四季も冬馬も。みんな元気になって、みんな一緒に卒業するんだ。そして外の世界でも――私たちは幸せに暮らす。
私は冬眠が待ち遠しかった。
――――
11月も終わりに近いある日のことだった。四季がまた入院した。しばらく面会謝絶。ひょっとすると四季はこのまま冬眠に入るのかもしれない。
私たちは四季を心配したけれど、冬眠が近いということが、私たちを勇気付けていた。私たちは冬眠を信頼してる。それは良いもので、問題を解決してくれると思ってる。
それに私たちは新しい人類だから。古い人類のように弱くはないんだ。四季もきっと、元気になって帰ってくるだろう。
四季が入院した翌日。私は学園長に呼ばれた。
――――
学園長に呼び出されるって、こんなことは初めてだ。私は緊張しながら学園長室に赴いた。もちろん初めて行くところだ。
どうして呼び出されるのか……。その理由が皆目検討がつかない。怯えながら室内に入ると、そこには二人の男性がいた。
一人は学園長。もう一人は――誰だかわからない。たぶん、初めて会う人。中年の男性で、きちんとスーツを着こなしていた。
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