3

 そんなことを考えながら椅子に座っていたら、辺りが暗くなった。劇が始まるのだ。




――――




 幕が上がる。舞台は古いヨーロッパみたいだ。


 現代初頭のヨーロッパ。レトロではあるけど、ややモダンさも感じられる服を来た女性が、舞台に立っている。


 綺麗な人……。あ、この人が評判の美人か。


 美人はお金持ちのお嬢様らしい。今日、新しいメイドが来るんだとか。そんなことを言ってると、スーツ姿の男性が現れた。そして彼の後ろにはメイド服姿の女性。


 長い黒のワンピースに白いエプロン。白いキャップ。古風なメイド姿。


 男性は楽しそうだ。男性(主人公とおぼしき綺麗な女性――レナという名前らしい――の兄だ)は、レナとメイドを引き合わせる。


「お前にそっくりのメイドだよ!」


 レナも驚く。そして陽気にはしゃぐ。背丈を比べたりまじまじと顔を見つめたり。たしかに似てるかもなーこの二人。美人は二人もいたのか……。というか、客席から舞台は遠いし、舞台メイクでなんとかなりそうな話ではあるけど。


 私に双子の姉妹がいたのね! なんて冗談を言ってレナは楽しそう。でも……メイドはにこりともしない。なんだか妙なメイドだな……。


 メイドはルナというらしい。名前まで似てるのね! ってレナは嬉しそうだ。




――――




 レナには恋人がいる。恋人の男性が部屋にやってきて、レナは男性にルナを紹介する。男性も驚いて、ルナをからかう。でもやっぱりにこりともしないルナ。


 さすがにレナがあきれて、もう少し愛想良くすべきよ、なんていう。とたんにぱっと笑顔になるルナ。男性がどぎまぎして、もう一度笑ってほしい、なんて言ってる。男性があまりルナに興味を示すので、レナは少し不機嫌になる。


 ルナがやってきて、だいぶ経ったある日。レナの部屋に兄がやってくる。新しく雇い入れた使用人の話になる。この使用人はルナの知り合いらしい。


 レナは新しい使用人に不満がある。彼はちっとも私に心を開かない、と。いつも能面のような顔をしている、と。


「ルナもそうよ」レナは言った。「ルナもいつも無表情よ。私が命じたことをただ、やるだけ」


 兄はレナの恋人の話をした。恋人は、ルナのことを気に入ってる、って。レナが突然、兄に苛立ちをぶつける。兄は苦笑し、レナをなだめる。


「レナ――さては嫉妬してるんだな、ルナに。彼がルナに興味を示すのは、ただ君に似ているからというだけだよ。君がいることが大前提だ」


 でもレナにはその言葉が届いたようには思えない。ただ、苛立ちはおさめた。そして兄に尋ねた。新しい使用人とルナはどういう関係なのか、と。


「遠い親戚とか――詳しくは忘れてしまったよ。ただ、面白いことを言ってた」


 兄がルナに茶目っ気のある視線を向ける。「彼らは13月から来たんだって」




――――




 13月……。タイトルが『13月』なのだから、どこかでそのワードが出てくるだろうと思ったけど。ここで出てきたのか。


 じゃあ彼らは13番目の扉の向こうから、こちらの世界にやってきて――。


 どうしてだかわからないけど、私は不安になってきた。この劇はどこか――おかしい。何か触れてはいけないものに、そっと近づいているような、そんな気持ちになる……。


 みんなは、観客のみんなはどう思っているのだろう。客席は静かで、全くわからない。隣に座る千早はどうなんだろう。千早は物音一つ立てない。


 舞台は続いている。使用人が増える。みな、ルナの遠い親戚らしい。兄は楽しそうだけど、レナは違う。怒って……ううん、おびえてる。


 ルナの仲間が増えることに。


 やがて悲劇がやってくる。レナの恋人が死んでしまうのだ。自室で、身も世もなく歎くレナ。そばにはルナの姿が。


 ルナはいつもと変わらず落ち着いている。その様子にレナが怒りを爆発させる。


「どうして涙を流さないの! 悲しくないの! あなただって彼のことが好きだったでしょう! あんなふうに……媚びを売って!!」

「媚びなど売ってはおりません」


 静かなルナの声。対照的に悲鳴に近いレナの声。


「彼にほほえんだじゃない!」

「お嬢様が笑えとおっしゃったからです」

「お前は――お前は――……」


 レナが歯ぎしりにせんばかりに言う。「人の心がないのね!!」


「魂のないものは」レナがどんなに乱れようと、ルナはちっとも変わらない。舞台にすっくと立ってレナを見つめている。まるで裁きでも下すように。そして言う。「魂のないものは、痛みを感じることができないのです」




――――




 魂のないものは、痛みを感じることができない――。


 その言葉が私の体の中を落ちていく。どういうこと? ルナは何者? 13月って何? それはどんなところなの――。


 表情のない使用人に囲まれて、レナもまた表情のない日々を送る。レナには楽しみはない。使用人たちは笑わない。怒りもしないし泣きもしない。ただ、言われたことをこなすだけ。


 さらに悲劇がおそいかかってきた。屋敷が火事になるのだ。屋敷は全焼してしまう。そして葬式の場面――。


 喪服を着たレナがいる。彼女を取り囲む無表情の使用人たち。あれ、ルナがいない。


 葬式にやってきた人々の会話で、レナの両親と兄が亡くなってしまったことがわかる。それから使用人も数人。ということはルナも死んじゃったのか……。


 レナは涙一つ流さず、葬式に訪れた人々に対応する。気丈なことね、と人々は言って、彼女の気の毒な身に同情して涙する。


 レナは親戚の家に引き取られることになる。使用人もわずかに連れていける。親戚の家で、レナ用の部屋が与えられる。使用人が下がり、部屋にはレナ一人だけ……。


 喪服のレナが舞台の中央に立つ。能面のような顔だ。まるで――ルナのような。


 そして、レナが言う。


「魂のないものは、痛みを感じることができないのです」




――――




 幕が下りた。講堂いっぱいに広がる拍手。私ももちろん拍手する。そして手をたたきながら、混乱していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る