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そんなことを考えながら椅子に座っていたら、辺りが暗くなった。劇が始まるのだ。
――――
幕が上がる。舞台は古いヨーロッパみたいだ。
現代初頭のヨーロッパ。レトロではあるけど、ややモダンさも感じられる服を来た女性が、舞台に立っている。
綺麗な人……。あ、この人が評判の美人か。
美人はお金持ちのお嬢様らしい。今日、新しいメイドが来るんだとか。そんなことを言ってると、スーツ姿の男性が現れた。そして彼の後ろにはメイド服姿の女性。
長い黒のワンピースに白いエプロン。白いキャップ。古風なメイド姿。
男性は楽しそうだ。男性(主人公とおぼしき綺麗な女性――レナという名前らしい――の兄だ)は、レナとメイドを引き合わせる。
「お前にそっくりのメイドだよ!」
レナも驚く。そして陽気にはしゃぐ。背丈を比べたりまじまじと顔を見つめたり。たしかに似てるかもなーこの二人。美人は二人もいたのか……。というか、客席から舞台は遠いし、舞台メイクでなんとかなりそうな話ではあるけど。
私に双子の姉妹がいたのね! なんて冗談を言ってレナは楽しそう。でも……メイドはにこりともしない。なんだか妙なメイドだな……。
メイドはルナというらしい。名前まで似てるのね! ってレナは嬉しそうだ。
――――
レナには恋人がいる。恋人の男性が部屋にやってきて、レナは男性にルナを紹介する。男性も驚いて、ルナをからかう。でもやっぱりにこりともしないルナ。
さすがにレナがあきれて、もう少し愛想良くすべきよ、なんていう。とたんにぱっと笑顔になるルナ。男性がどぎまぎして、もう一度笑ってほしい、なんて言ってる。男性があまりルナに興味を示すので、レナは少し不機嫌になる。
ルナがやってきて、だいぶ経ったある日。レナの部屋に兄がやってくる。新しく雇い入れた使用人の話になる。この使用人はルナの知り合いらしい。
レナは新しい使用人に不満がある。彼はちっとも私に心を開かない、と。いつも能面のような顔をしている、と。
「ルナもそうよ」レナは言った。「ルナもいつも無表情よ。私が命じたことをただ、やるだけ」
兄はレナの恋人の話をした。恋人は、ルナのことを気に入ってる、って。レナが突然、兄に苛立ちをぶつける。兄は苦笑し、レナをなだめる。
「レナ――さては嫉妬してるんだな、ルナに。彼がルナに興味を示すのは、ただ君に似ているからというだけだよ。君がいることが大前提だ」
でもレナにはその言葉が届いたようには思えない。ただ、苛立ちはおさめた。そして兄に尋ねた。新しい使用人とルナはどういう関係なのか、と。
「遠い親戚とか――詳しくは忘れてしまったよ。ただ、面白いことを言ってた」
兄がルナに茶目っ気のある視線を向ける。「彼らは13月から来たんだって」
――――
13月……。タイトルが『13月』なのだから、どこかでそのワードが出てくるだろうと思ったけど。ここで出てきたのか。
じゃあ彼らは13番目の扉の向こうから、こちらの世界にやってきて――。
どうしてだかわからないけど、私は不安になってきた。この劇はどこか――おかしい。何か触れてはいけないものに、そっと近づいているような、そんな気持ちになる……。
みんなは、観客のみんなはどう思っているのだろう。客席は静かで、全くわからない。隣に座る千早はどうなんだろう。千早は物音一つ立てない。
舞台は続いている。使用人が増える。みな、ルナの遠い親戚らしい。兄は楽しそうだけど、レナは違う。怒って……ううん、おびえてる。
ルナの仲間が増えることに。
やがて悲劇がやってくる。レナの恋人が死んでしまうのだ。自室で、身も世もなく歎くレナ。そばにはルナの姿が。
ルナはいつもと変わらず落ち着いている。その様子にレナが怒りを爆発させる。
「どうして涙を流さないの! 悲しくないの! あなただって彼のことが好きだったでしょう! あんなふうに……媚びを売って!!」
「媚びなど売ってはおりません」
静かなルナの声。対照的に悲鳴に近いレナの声。
「彼にほほえんだじゃない!」
「お嬢様が笑えとおっしゃったからです」
「お前は――お前は――……」
レナが歯ぎしりにせんばかりに言う。「人の心がないのね!!」
「魂のないものは」レナがどんなに乱れようと、ルナはちっとも変わらない。舞台にすっくと立ってレナを見つめている。まるで裁きでも下すように。そして言う。「魂のないものは、痛みを感じることができないのです」
――――
魂のないものは、痛みを感じることができない――。
その言葉が私の体の中を落ちていく。どういうこと? ルナは何者? 13月って何? それはどんなところなの――。
表情のない使用人に囲まれて、レナもまた表情のない日々を送る。レナには楽しみはない。使用人たちは笑わない。怒りもしないし泣きもしない。ただ、言われたことをこなすだけ。
さらに悲劇がおそいかかってきた。屋敷が火事になるのだ。屋敷は全焼してしまう。そして葬式の場面――。
喪服を着たレナがいる。彼女を取り囲む無表情の使用人たち。あれ、ルナがいない。
葬式にやってきた人々の会話で、レナの両親と兄が亡くなってしまったことがわかる。それから使用人も数人。ということはルナも死んじゃったのか……。
レナは涙一つ流さず、葬式に訪れた人々に対応する。気丈なことね、と人々は言って、彼女の気の毒な身に同情して涙する。
レナは親戚の家に引き取られることになる。使用人もわずかに連れていける。親戚の家で、レナ用の部屋が与えられる。使用人が下がり、部屋にはレナ一人だけ……。
喪服のレナが舞台の中央に立つ。能面のような顔だ。まるで――ルナのような。
そして、レナが言う。
「魂のないものは、痛みを感じることができないのです」
――――
幕が下りた。講堂いっぱいに広がる拍手。私ももちろん拍手する。そして手をたたきながら、混乱していた。
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