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 今日の午後、冬馬脚本の劇がある。13月をテーマにしていて、タイトルも『13月』っていうのはわかってる。でも具体的なあらすじは冬馬は教えてくれなかった。それは見てのお楽しみ、って言って。


 冬馬はずっと演劇サークルのほうに顔を出していて、うちのクラスの準備も手伝ってはくれたけど、ちょくちょく欠席した。千早がやや不満そうだった。


 そういえば演劇サークルには評判の美人がいるという……。いやまさか、冬馬が美人につられて今回の企画を手伝った、というわけではないだろうけど。


 私はぶらぶらと一階の廊下を歩いていた。この棟の廊下は中庭に面していて壁がない。秋の空気が心地よい。


 千早はクラスの展示の店番。私はめぼしい展示は大体見たし、冬馬の劇までにはやや時間があるし……。そんな感じで暇を持て余していた。そしたら向こうから、何やらかわいいものを持った大柄な男性がやってきた。


 如月だ。どういうわけだか、手に赤い風船を持ってる。


「どしたのそれー」


 私は如月に近寄って尋ねた。如月はちょっと困った顔をして言った。


「配ってたやつがいて、なんか押し付けられたんだよ」


 本来なら、お客にやってきた子どもたち用に、なんだろうけど。ふざけて如月にもあげたのだろう。


「やるよ」


 如月が私に押し付けた。


「いいの?」


 私は嬉しくなって、如月から風船をもらう。わあ、風船なんて久しぶりだよ!


 私たちは廊下から外へと続く階段に並んで腰掛けた。今日は天気がよくて空が綺麗。青い空に赤い風船。映える。


 なんだか子どもじみたわくわくした気持ちになってしまった。風船のせいかな。あと、如月から何かもらうってのも……嬉しいし。よく考えたらいらないものを押し付けられただけだけど。


「そういえば小さかった頃、一緒に高学年の文化祭に来たよね」


 私は言った。目の前は狭い庭。その向こうに校舎がもう一つあって、そこの壁のない廊下も人々が行き交ってる。小さい子も見える。あんなふうに私たちも、まだ10かそこらだった私たちも、この校舎を行き来してた。


「あっ! そのときも風船もらったかも!」


 私は急に思い出した。それを――嬉しくて、寮に持って帰ったような……。


「そうだっけ?」


 如月はあまりよく覚えていないようだった。私は話を続けた。


「そうだよ。みんなもらったじゃん」


 それで、如月は今みたいに困ってなくて、誰かにあげたりなんかしなくて、やっぱり寮まで持って帰った、はず。途中でうっかりなくしたりしなければ。


 ほんの何年か前のことなんだけど。でもずいぶん昔のことのように思う。あのときと今の私たちはずいぶん違う。如月は背は高くはあったけど、こんなに大人っぽくはなかった――。


 私は持ってた紐を引っ張って風船を揺らした。これ、うっかり手を離したら飛んでっちゃう。ふわふわ飛んで……そして壁を超えて外の世界に行くのかな。壁、見たことないけど、そこまで高くないと思うし。


 空は繋がってるんだ。外の世界と。流星群の夜のときに思ったことを、私は再びまた思った。


 外の世界に出る日が近づいている。私たちはずっと4人で――私と千早と如月と冬馬と4人で、そしてこれからも離れることはない―とは思うけど……。外に出たら、私たち4人はどうなってしまうんだろう。


「何やってんの」


 私があんまり紐を引っ張るせいか、如月が尋ねた。私は簡潔に答えた。


「お祈り」

「なんの?」

「えっと……私たち4人が、ずっと一緒にいられますように、って」

「俺と冬馬とまどかと千早が?」

「うん」


 これは切実な願いだよ。私は風船を見上げる。秋の澄んだ青空に赤い風船。如月が黙った。私も。少しの間、二人とも何も言わない。


 先に口を開いたのは如月だった。


「俺は――俺もみんなと一緒にいたい。というか……俺は、まどかが……ずっとそばにいてくれたらいいなって、思ってる」


 え、ちょっと待って。何を言った? 私は思わず、如月のほうを見た。如月が真剣に私を見つめていた。


「俺、まどかのことが……」

「如月ー!」


 如月の声は突然の男子の声によって中断された。クラスの男子だ。如月を呼んだ子、他にあと何人か、どやどやとこちらにやってくる。


 如月が飛び上がるように立ち上がった。やってくる子たちのほうを向いて、明るく話を始める。まるで、今までのことなんてなかったみたいに。


 え、どう、どういうこと?? 私は混乱してるんですけど! 私が、如月に、如月が、私のことを……。


 私のことを……えーっとえっと、どういうこと? ずっとそばにいてくれたらいいな、って……。


 恥ずかしさがいっぺんに襲ってきた! 私は風船の紐をぎゅっと握りしめた。如月はもうすっかりやってきた男子との話に夢中だ。


 私は廊下を急ぎ足で歩いて行った。えっと……。えっと、とりあえず、この風船、寮に置いてこよう……。




――――




 冬馬脚本の劇が始まる。私と千早は講堂に向かった。


 講堂にはだいぶ人が集まっている。如月の姿が見える。そばには四季も。四季は最近調子がよいみたいで、この文化祭にも参加してる。よかった。一人で寮で療養ってなったら寂しいもんね。


 如月とは……あれから会ってないけど。どういう顔して会えばいいか、どういう態度を取ればいいか……。うーん、でも、告白されたり付き合ってくださいとか言われたりしたわけじゃないから、普通の顔で会えばいいのかな。


 如月も、いつもの通りの態度で接してくるかもしれないし……。 

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