第4章 文化祭

1

 私は夢を見ている。


 いつもの夢。綺麗な男の子が出てくる夢。男の子は私を見て笑いかける。私は嬉しくなる。だって、私はその男の子が好きだから――。


 ――いや、違う。今日の夢は違う。


 男の子が――どういうわけだか、大きくなっている。といっても大人になったわけではない。3、4歳くらい年を取っている。


 でも優しい笑顔は変わらない……。その口が開く。まどか、って声が聞こえる。


 私の名前だ! 男の子が私の名前を呼んでくれたんだ! 私は嬉しくなる。名前を呼んでくれたのはこれが初めて……ではない。男の子は――何度も私の名前を呼んでくれた。だって、この子が私に名前をくれたから――。


 私は男の子の元へ近づく。駆け寄る――違う。私は走ってなどない。私は滑るように地面を進んでいく。滑るように?


 ――私の足、なくなってる?


 男の子に呼ばれたから、私は彼の元へ行く。これが私の日常なんだ。これが私の喜びなんだ。そして私は腕を伸ばす。男の子のほうへ――。


 私の腕。鋼鉄の――私の腕。




――――




「夢の王子様が成長していた?」


 休み時間、私は千早に夢の話をした。教室で、私は自分の椅子に座り、千早は机の上に軽く腰掛けている。


 今までずっと、男の子は同じ年齢だった。けれども、昨日見た夢では男の子は3つ4つ年上だった。それに初めて私の名前を呼んでくれたし、私自身もなんだか奇妙な姿になって……。


 私は詳しく、千早に夢の内容を説明する。千早は不思議そうに聞いていた。


「腕が鋼鉄だったの?」


 千早が私に尋ねる。私はうなずいた。


「うん。なんか白くて金属でできてた。形も今のとはちょっと違うし……」


 なんだったんだろうなあ。変な夢だった。


「面白いね。というか、ずっと同じ夢を見ていたというのも奇妙といえば奇妙なのかな?」


 千早は指を顎に当て、首をひねる。たしかに……それはそうかも。


「私は夢って見たことないし、詳しくもないけど。でもマスターの本とか読むと、相当荒唐無稽らしいじゃない? それに同じ夢を何度も見るというのは……たぶん、マスターの本にはそれはおかしなことが起こる前触れ、みたいな感じで書かれてた、はず!」

「マスターは私たちとは違うから」


 私たちは新しい人類で、マスターたちは古い人類で。一緒くたにできないところがいろいろあるのだろう。


 まあともかく、夢が荒唐無稽なものであるということは、私も知ってる。だから、あまり気にする必要はないのだろうけど……。


 夏休みが終わり、今は9月だ。後期に入った。4月から6月までが前期で、それから2ヶ月の夏休み。9月になったら授業が再開して、それから11月までは後期。12月1月2月の3ヶ月は冬眠して3月になったら起きて一年の総仕上げ。それから4月になったら、新しい学年になるんだ。


 でも私たちはもう新しい学年になることはない。卒業だから。冬眠が3ヶ月あることを思えば、本当に、後少し。この教室でこんなふうにおしゃべりできるのは、ほんとうに後ちょっとの日数しかない。


 10月になれば文化祭がある。私たちのクラスはミニプラネタリウムをやるんだ! 流星群を見た日以来、うちのクラスでは宇宙がちょっとしたブームになってしまった。


 そういえば。冬馬が演劇サークルの人たちと何かやるんだっけ。後期早々からサークルの人たちに捕まって、なんやかんやと話し合っていた。


「ね、冬馬は、文化祭で演劇サークルと何やるの?」


 私は千早に尋ねた。千早がちょっと得意そうに答えた。


「今度の文化祭でやる劇のね、脚本をまかされたらしいよ」

「いいじゃん!」


 冬馬は本が好きだからぴったり! 冬馬って小説とか書いてたのかな。本人がそんなことを言ってた記憶はないけど。でも作文は得意だし。


「どんな話なんだろう」


 私の疑問に、千早はふふっと笑った。


「13月がテーマなんだって。タイトルもそのまま『13月』」

「へー」


 13月。そういえば冬馬が最近、13月を気にしてるって如月が言ってたな。だからテーマに選んだのかな。


 13月……。そういえば、四季も。


 四季も13月を気にしてた。倒れる直前、四季は13番目の扉を探そう、って言ってた。四季……。


 今日は四季はお休みだ。ここ最近、休みがちなのだ。なんだか前よりもさらに痩せて、さらに頼りなくなったように思う。なんだか……不安になってくる。


 でも少しすれば冬眠があるから! 冬眠は私たちを癒し、修復し、そして成長させるって言われてる。四季も冬眠すればきっと元気になるよ!


 冬眠はとても深い眠りだ。私も冬眠のときに夢を見たことはない。


 そして冬眠から目覚めれば春がやってくるんだ。私たちが卒業する。この学園から。私たち、千早に如月に冬馬に、そしてもちろん四季もだよ。


 そして、外の世界に出ても、私たちは変わらず仲良くするんだ。




――――




 文化祭は二日に渡って行われる。今日はその二日目。


 各クラスはいろんな展示をして、講堂では音楽の演奏や劇やダンスなどが行われる。グラウンドでもイベントが開かれる。でもマスターたちの文化祭とは違って、食べ物は出ないんだけど。


 お客さんも、学園に暮らす人たちだけ。外から両親がやってくるということもないし……。でも高学年用の校舎やグランドが、今日は小さい人たちも集まって、賑わっている。

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