3
「心配かけて、ごめん」
私を見て、四季は謝った。私はぶんぶんと首を横に振る。
「謝る必要はないよ!」
「ここ最近、調子悪くてさ。だから、休んどくべきだったんだ。でも君たちと一緒に流星群を見たくて……」
気持ちはわかるよ。私だって、千早や如月たちが楽しいことしてるのに、部屋で一人でお留守番なんて嫌だな。
「最後の夏だもん」
私が言うと、四季が戸惑いの声をあげた。
「え?」
「この学園で過ごす、最後の夏」
「ああ……そうだね」
最後の夏だから、たくさん思い出作りたいじゃん! 学園の隅々まで見て回りたい! 13番目の扉も見つけ――ああ、それで、こんなことになっちゃったんだ……。
「僕は……できそこないの新しい人類なんだね」
四季が自嘲気味に笑った。そんな! なんてこと言うの!
「そんなことないよ」
強く否定する私に、四季は抗った。
「あるよ。新しい人類はこんなふうに体が弱くない。心身ともに健康なんだ。真っすぐで丈夫で、思い悩むこともなく……」
「私だって、できそこないの部分あるよ!」
四季が意外な顔をした。そういえば、言ってなかったっけ。私が夢を見る、ってこと。
「私、夢を見るんだ」私は四季に言った。「おかしいでしょ。新しい人類は夢なんて見ないのに。でも私は見るの。その夢は――」
おっと! ここから先は四季の前で言うのは抵抗がある! 夢に綺麗な男の子が出てきて、それが四季にそっくりだなんて――。しかも夢の中で、私はその男の子のことが好きで――恥ずかしくって、さすがにそれは黙っておきたい!
「夢を見るの?」
四季が優しく尋ねた。私はうなずいた。具体的な内容は訊かれませんように、と思いながら。
「うん」
「その夢――いい夢?」
「いい夢だよ」
私は自然と笑顔になった。そう、いい夢だ。目覚めた後もほんのりと幸せが残る夢。私はその男の子が好きで、その男の子もたぶん――私のことが好き。
お互い好きだってことがわかってて、すごく幸福な世界の中にいる、そんな夢。
「……そうなんだ」
四季も笑顔になった。その笑顔が、なんていえばいいのか、すごく落ち着いたいい笑顔だった。私の言葉が、四季に安定と喜びをもたらしたのだ、と思えた。だからよくわからないけど、私も嬉しくなった。
四季が私から目をそらし、正面の白い壁を見つめる。私も四季も、何も言わない。外から蝉の声がする。夏の昼下がり。日差しは強いけれど、窓は閉められ冷房の効いた室内はひんやりしている。本当に、何も考えずに涼しい部屋でお昼寝するのがちょうどよい。
「最後の夏、か」
四季がぽつんと言った。うん。そうなんだよ。この学園で生徒として夏を過ごすことはもう、ない。
「……時間がないんだ」
四季は小さな声で続けた。小さすぎて、聞き逃してしまうところだった。四季は、ふとんの上にそろえて置かれた自分の白い手に視線を落とした。
こちらに向ける横顔から、笑顔はもう消えていた。四季が何を考えているのか、私にはよくわからなかった。
――――
病院を出ると、冬馬に会った。夏の午後の暑さの中で冬馬が目を細めてこちらを見る。
「四季のところに行ってきたの?」
冬馬が尋ねる。私は答えた。
「そう」
「ひょっとして、如月や千早も?」
「らしいよ」
あの後、四季から聞いたのだ。私の前に如月や千早、他のクラスメイトたちもこの病室にやってきた、って。
ということは四季はひっきりなしに訪れる見舞い客を相手にしていることになるのでは……。せめて、千早たちとは一緒に訪れて、四季の負担を軽くすべきだったかなあと思った。
察しのよい冬馬には私の懸念が伝わったようだ。立ち止まって少し考えている。
「俺も四季のところに行こうとしてたんだけど、明日のほうがいいかなあ」
そちらのほうがいいかもしれない。
というわけで、冬馬は四季のお見舞いを延期することにした。私たちは並んでゆっくり歩き出す。
「四季、元気そうだった?」
冬馬の問いに私は答える。
「うん。そんなに悪くはなさそうだった。――謝ってたよ。みんなに心配かけて、ごめん、って」
「気にすることないのに」
でもそういうところが、四季なのかもしれない。私は歩きながら言った。
「病弱な自分は、新しい人類のできそこないだ、なんて言うから、私は言ったの。私も夢を見るんだよ、って」
「夢の話、したんだ」
「うん。あっ、でも夢の王子様の話はしてない! それが四季に似てるだなんてことは言ってない!」
私は慌てて言った。冬馬が楽しそうに笑ってる。
「……なんで夢を見るのかなあ」
冬馬の笑いがおさまり、私の恥ずかしさもおさまった頃、私はぽつんと言った。お医者さんはそういうこともあるって言ってた。そんな新しい人類もいる、って。だから、私は気にしないようにしてきたけれど……。
「夢を見るのって、どんな感じ?」
「うーん、上手く言えないけど……」冬馬の疑問に、私はなんとか答えようとする。でも難しいな……。どう言えばいいんだろう……。「とりあえず、毒にも薬にもならない」
冬馬が吹き出した。
「何それ」
「プラスもマイナスもないというか……」
だって夢って現実じゃないし。目が覚めた直後は残ってるけど、次第に薄れていっちゃうし。あやふや過ぎて、どう評価していいかわかんない。
ただ、気持ちだけが残る。私の場合は、幸せな、気持ち。
街路樹の並んだ道を、私たちは歩いていく。少し行くと分かれ道に出て、片方は女子寮、もう片方は男子寮へと続く。道にはくっきりと木の影が落ちている。影を踏みながら、私たちは歩く。
「俺も、夢を見たいな」
冬馬が言った。そしてもう一度、さっきよりも強く、冬馬は言った。
「俺は夢を見たいんだよ」
いつも飄飄とした冬馬が、こんな口調になるのは珍しいな、と私は思った。
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