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斜面に体を貼り付けて、ちょっとずつ、四季が登っていく。みんな黙ってる。嫌だな、なんでこんなことになっちゃったんだろう。空気が重い。如月を見た。如月の顔も強張っていた。青ざめているようにも見える。
四季の動きはゆっくりだったけど、着実に花に向かっていて、そして手を伸ばした。花が、四季によって折り取られる。「取れたー」って、嬉しそうな四季の声が聞こえた。
私たちは少しほっとした。でも帰りがある。これから降りていかなくちゃ……。四季が片足を、探るように下に伸ばした。
そしてもう一方の片足も。一歩ずつ着実に、おりて、私たちの元に……。でもそうはいかなかった。四季がずるりと足を滑らした。
女の子の一人が悲鳴を上げた。私は凍りついたようにその場に立ちすくし、そして如月が動くのが見えた。
音がして、気づくと道に如月と四季がひっくり返っていた。如月が落ちる四季を受け止めようとして、共に転がってしまったのだ。
四季が慌てて立ち上がった。
「ごめん! 君を下敷きにしちゃった!」
四季が心配そうに如月を見る。「大丈夫?」
「はは……、全然平気」
苦笑いして如月が起き上がった。言葉の通り、平気みたい。そもそも私たちはそんなに怪我をしないし。
「ありがとう。ごめんね」
四季が如月に言う。如月は立ち上がり、服の埃を払った。
「別に、いいよ。煽った俺にも責任があるし」
「違うよ。君は僕の気持ちを尊重しただけだ」
断言するように、四季は言った。いや、断言だった。如月はたじろぎ、私は体育館での出来事を思い出していた。あの時も――妙に四季は自信を持っていたっけ。決め付けるように、ううん、「ように」じゃなくて、君たちは僕に逆らえないって決め付けたんだ――。
「これ、どうぞ」
四季が笑顔で、女の子に花を差し出した。女の子は魂が抜けたように花を受け取った。
白い花弁が揺れる、名前もわからない花。
――――
公園にやってきた。公園にも食堂はあるから、そこでエネルギーをチャージして、そこから先は自由行動。みんな好きな場所でくつろいでいる。
私は芝生広場に。横で、如月が寝そべっている。私の視線の先には千早と冬馬。公園で貸し出されてるバトミントンセットを千早が持ってきて、二人でバトミントンに興じている。なんだかんだで、仲がいい二人だなー。この二人はたぶん……ううん、きっと、卒業しても一緒にいるんだと思う。
四季は他のクラスメイトに連れられて、どこかに行ってしまった。
ふいに、ぽつりと如月が言った。
「……さっきは、悪いことしたな」
「さっき、って」
「四季を斜面に登らせたこと」
如月はいいやつで、まだ気にしてるみたいだった。私は笑った。
「四季は如月のこと、怒ってないよ」
「うん……そうは思う、けど。なんであんな、けしかけること言っちゃったんだろ、俺」
「四季が言ってたじゃん。如月は四季の気持ちを尊重したんでしょ?」
「うん……。そうなのかな、とも思う。俺は四季にももちろんプライドがあるって思ったんだ。軽く見られるのは嫌だろう、って。でも俺……」
如月は起き上がった。私と、顔の距離が近くなる。
「……四季が、まどかの夢の王子様かもしれないって、聞いたとき、俺、ちょっと不安に……」
ま、待って。如月は何を言おうとしているのだろう。なんだかドキドキしてきたじゃん! 千早が言ってた、如月が四季にやきもきしてるって、まさかほんとに……。
如月の表情を見て、何を考えてるか探ってみたかったけど、恥ずかしくてできなかった。私は黙って、千早と冬馬を見た。千早がミスして、羽が芝生に落ちる。
如月がまた寝っ転がった。よかった……。いや、何がよいのかよくわからないけど。そして、小さな如月の声が聞こえた。
「……俺……四季が好きなんだと思う」
唐突な告白だった。三角関係、と思ってたけど、どうもこの三角関係は私が思っているのとは違うの?? 四季と如月が私を巡って争っているのではなく、私と如月が四季を巡って争っている……。
「友達として、ってことだけど」
私が混乱していると、四季の声が聞こえてきた。よかった。私と如月は恋敵にならずにすんだようだ。あ、私が四季のことが好きってわけでもないけど……。
「四季は、いいやつだもんね」
私は言った。如月もすぐに同意する。
「そうだよ。俺たちはみんな四季が好き」
うん。そうだ。私も四季が好き。どういう意味でかは置いといて、でも、好き。それは千早も冬馬も。クラスメイト全員そうだと思う。
だから、四季が斜面を登るのを見るのが怖かったんだ。四季が傷つくのが怖い。それは阻止しなくてはいけない――。
「――四季って、マスターなのかな」
如月がぽつりと言う。私は驚いた。四季がマスター!? なんで!?
「どうしてそう思うの?」
驚いて、思わず如月のほうを見てしまった。如月は空を見上げ、のんびりと答える。
「マスターを傷つけないこと。それに反しない限り、マスターの命令を守ること。そしてこの二つに反しない限り、自分の身を守ること。これさ、マスターを四季だと思えば、全てが納得できるんだ。この3つは俺たちの体に刻まれたもので、あまり考えなくてもそんなふうに動けるって、先生が言ってた。そして俺は――四季を助けるときに何も考えなかった」
「それは……如月が優しいからだよ。如月は考えずに、人のために我が身を差し出せる人だよ」
「何言ってるんだよ!」
如月が照れて起き上がった。私もふと我に帰って、何言ってるんだろうと思った。私たち二人は顔を合わせ、そしてどちらも照れ臭くて、大いに笑った。
ドキドキして、こういうの悪くないなって、思った。
でも。如月の言うことが気になる。四季はマスターなのかな。四季は――ほんとはクリームソーダを食べたことがあるのだろうか。
芝生の緑が、くっきりと鮮やかだ。
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