3

「君たちは僕に命令できないよ」


 四季が言った。その声に怒りや悪意はなく、優しくなめらかだった。何か、当たり前のことを口にしているという自信があった。四季は笑顔のままだ。そして笑顔のまま、はっきりと言った。


「君たちは僕に命令できない。いいね。君たちは――僕に逆らうことはできない」


 魔法にかかったみたいだった。私も、如月も、千早も。如月の後ろに冬馬がいる。誰も動かなかった。四季の言葉を聞いた人たちは、誰も、動くこともしゃべることもできなかった。


 凍てついた沈黙。時が止まったみたい――。


「あ、ごめん」声が聞こえて、いきなり時が動いた。四季の声だ。「ごめんね、僕、わりとわがままなところがあって、自分の意に反したことをやらされそうになると、ついむっとしてしまうというか……」


「あ、いや、ごめん。俺も変なこと言った」


 私たちは魔法から逃れることができた。如月は声と動きを取り戻し、つられるように四季に謝った。隣で、千早が小さく息を吐く音が聞こえた。


「如月……」冬馬が近寄って、小さな声で言った。「祐樹が呼んでる」


 それは本当のことだった。クラスメイトの男子が、こちらに何か呼びかけている。如月がそれに答えて、そちらへと向かう。冬馬も。


 何だったんだろう……今の。でも何か嫌なことが起こりそうだった。それを――四季がどうにかして回避したんだ。


 コートの中ではまた別の男子たちがバスケットをしている。ドリブルの音と、シューズがこすれる高い音。指示をとばす声。如月たちは祐樹と何か話してる。笑顔だ。


 日常が戻ってきた。私たちは魔法にかけられたけど、でも戻ってこれたんだ。そしてその魔法をかけたのも、解いたのも、四季――私の隣で、穏やかそうに男子たちの様子を見ている――この人に違いない。




――――




 クラスマッチの男子バスケは、我がクラスの優勝に終わった。女子のバレーもまあまあ頑張ったよ。真ん中よりやや下、の順位ではあったけど……。


 あれ以来、四季と如月はもめていない。でも如月が多少、四季を避けているようにも見える。あれは――なんだったんだろう……。


 正直言うと、あのときちょっぴり、四季が怖い、って思ったんだ。でもそう思うのはよくないと思う。四季は怖くない。私たちのクラスメイトで、仲間だ。


 クラスマッチが終われば、続いてはクラスごとの遠足がある。行き先は自由! 各クラスで話し合って決めるんだ。もちろん、行く場所は学園の中だけだけど。


 そうなると、山にでも行こうかという話になる。まあ毎年、そこか、もしくはショッピングか、川か池か、みたいなことにはなるんだけど。


 今年、我々のクラスの遠足は、山ということになった。最後の遠足だし、何度も足を運んだあの山に、お別れを言うようなつもりで登るのも悪くないな、ということになって。


 四季のことが気掛かりだったけど、本格的な登山じゃなければ大丈夫ということだった。なので麓付近をのんびりとお散歩。アスレチックやグラウンドを備えた広い公園もあるので、そこで幼いときのことを振り返るのも悪くない。


 というわけで、晴れた6月のある日、私たちは遠足に出発した!




――――




 私と千早、四季が固まって一緒に歩いていく。私は少し四季を気にして。なるべくゆっくり、のんびりと。


 クラスの子たちは、何人かにまとまって、前後しながら、緩い坂道を登る。しゃべり声、笑い声、ふざける声。いつもは静かな山道が、今日は賑やかになる。鳥の声も聞こえる。なんかお客さんやってきたなーとか思ってるのかな。


 右も左も植物でいっぱいだ。初夏の緑が鮮やか。鮮やかな緑からの連想か、千早がクリームソーダってさー、って言ってる。もし私が古い人類だったら、絶対食べてみたいものの一つなんだよね、って。


 わかる! って私も同意する。緑のソーダが眩しいし、白いアイスは清潔そうだし、さくらんぼの赤はかわいいし。四季も、僕も食べてみたいよ、って笑って言った。


 少し前方に、何人かが立ち止まっていた。如月に冬馬、それから男子が数人。そして女子が二人。みんなうちのクラスの子たちだ。


「やだよ」って言ってる如月の声が聞こえてきた。どうやら、女の子が如月に何かを頼んで断られているらしい。何かあったのかな。


「どしたのー」


 近づいて、千早が声をかける。女の子の一人がこちらを振り向いた。


「あの花が欲しくって」


 女の子が、斜面に咲いてる花を指差す。白い綺麗な花だ。種類はよくわからないけど。私たちの背丈よりもいくぶん上にある。


「それで如月に取って、って頼んだの」


 もう一人の女の子が言った。如月がむすっとした顔をした。


「なんで俺が取らなきゃなの?」

「背が高いでしょ、それに運動神経もいいから!」


 ニコニコして女の子が言う。たしかに如月は背が高い、けど、あの花を取るには斜面をよじ登らなきゃだ。


「僕が取ろうか?」


 突然、四季が言った。みんな驚いた。女の子がたじろぐ。


「あ、別にいいよ。そんなに欲しいってわけじゃないから……」


 四季に無理させちゃいけないって、みんな思ってる。たちまち場の雰囲気が変わる。でも四季は気にしていないみたいだ。


「こんなの大したことないよ」


 花を見上げて、四季は言った。そうかな……。結構な急斜面なんだけど。ところどころ岩が露出して、足場になりそうな部分があるとはいえ。


「……あんまり、軟弱だって、思われたくないから」


 四季が少し目を伏せて、吐き出すように言った。私たちが四季の体を気づかってること、引け目にでも思ってるのかな。そんなこと気にする必要ないのに……。と、考えていると、如月の声が聞こえた。


「やってみればいいじゃん」


 見ると、如月は明るい笑顔だ。いつもの無邪気な如月で、無邪気に四季に言った。


「そこまで高いってわけでもないし」

「うん」


 四季がうなずく。そうして斜面を登りはじめた。

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