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 でも千早の気持ち、すごくよくわかるよ。


「私も! 私も4人ずっと一緒いたい!」


 卒業してマスターに仕えて……ひょっとしたら私も結婚とかするのかな。そうなっても4人の友情が変わらなければいいけど。でも千早は冬馬と結婚するのかもしれないし、そうすると私は如月と――。


 いやいや! 何を考えてるんだ私は!


「まどかは夢の王子様を探さなきゃ」私が赤くなって内心あたふたしてると如月の声が聞こえてきた。「ひょっとしてもう見つかってる?」


 からかうような声。でも少し――とげがあるような声。これはたぶん私の勘違いだな。千早が、如月が私と四季の仲にやきもきしてる、なんて言うから!


「四季のこと? だったら違うから。前にも言ったけど。夢の王子様は――たぶん、どこにもいない。私が作り上げた幻想」


 嘘ではなくて、今ではだいぶこれが真相なんだって思ってる。


「四季といえばさ」千早が話を変えた。「13月って何? って訊かれたよ」


「あーあれ、俺がちらっと話したんだ」


 如月が笑った。その笑い方はあっさりしてて、とげなんて、ほら、見えない。


「学園の七不思議、か。面白いよね、あれ」


 冬馬が言った。そう、13月は学園の七不思議の一つ。学園のどこかに13番目の扉があるんだって。そこを開けると13月の世界につながってるとかなんとか。


「13月って、壁の向こうのことじゃないのかな」


 私が言う。冬馬が首をひねった。


「どうかなあ。それじゃあなんだか面白くないな。俺、この話好きなんだよね。子どもの頃から気になってた。13月……13月の扉、その先に何が――」

「学園の七不思議って、後の6つはなんなんだ?」


 如月が突然疑問を放り込んできた。そういえば私もよく知らない。13月の話ばかりが有名で。


 私たちの話題はたちまち、残り6つがなんなのか、に移行してしまった。




――――




 クラスマッチの練習ということで、各クラスに順に、体育館の使用許可がおりる。今日はうちのクラスの男子たちが使用できる日だ。


 私と千早と、他、クラスの女子が何人か。放課後、みんなでわらわらと体育館に行く。行ってみればコートでバスケしてる人、それに外からアドバイスしてる人、コート外で座っておしゃべりに興じてる人、様々だ。小さなベンチがあって、そこに四季がいた。


「四季」


 私は声をかけて、四季のそばに行った。千早もだ。私たちはもうすっかり仲良しだ。


 四季の隣に腰かける。四季が、私を見て笑った。


「僕は応援なんだ」


 四季は体が弱くて、体育は全部お休みだ。そのことを本人は気にしているのかなと思うけれど、よくわからない。四季は明るくあっさりと、仕方ないよね、みたいなことを言う。


 今もほがらかだ。他の男子たちが体を動かすのを見て、それが純粋に楽しいみたいだ。


「私も応援しに来た!」

「誰が有望そう?」


 ベンチに、四季、私、千早の順に並んでる。千早が私の向こうから、ぐいと体を前に出して、四季に尋ねた。


 四季はコートを見た。コートの中には……如月がいる。


「如月かな」

「運動神経いいもんね」


 千早がそう言った。四季がうなずく。


「うん。それにね、なんか見てて清々しいよね。こう……キラキラしてるっていうかさ」

「あらー、それ、如月に言ってやりなよ。喜ぶよ」


 千早が四季をからかった。


 会話が聞こえたわけじゃないだろうけど、如月が私たちに気づいた。ちょうど、練習が一段落したところで。如月が大股に私たちのところにやってくる。コートには冬馬もいたので、少し遅れて冬馬も。


「仲良し3人組じゃん」


 如月が言う。「何の話してたの?」


「如月の話だよー」千早が明るく言う。「四季が、如月ってかっこいいねって」


「へ、へえ……」


 予想外のことだったのか、如月がちょっと動揺した。四季も、少し困ったように照れたように笑ってる。なんだか面白い二人だな。


「俺、かっこいい?」如月が千早に尋ねた。おふざけ半分、でもちょっぴり真面目な要素も入ってる感じで。千早はうーん、と首をひねり、そして唐突に話を私に振った。


「どう思う、まどか」


 なぜ、突然私に!? いや、魂胆はわかってるよ。千早は如月のことで私をからかうのが好きだから! でもその手には乗らないから!


「運動神経がいいのは認めるけど」私はそっけなく言った。「でも人間、大事なのはそれだけじゃないから」


「まあ、そうだろうけど」


 如月は笑ってたけど、声は若干固かった。あ、私がそっけなさすぎた。違う。私は如月を否定したいわけじゃなくて、千早が……。なんだか変なところで意固地になってしまった。


「隣に座る四季のように」如月が言った。「落ち着いた知的なタイプのほうがいいよな」


「あ……」


 そういう話ではない、んだけど……。如月は四季を見て、あくまで楽しそうな笑顔で誘った。


「俺たちとバスケしようよ」

「無理だよ」


 四季はあっさり断った。でも如月は引かない。


「構わないだろ。ちょっとくらいなら」

「嫌だよ」

「意外と頑固なんだ」

「そうだよ」


 如月は笑ってる。四季も笑ってる。でも二人の間にはぴりぴりとした空気がある。どうしよう……。なんだか変なことになっちゃった。


 これはよくないよ、と私の心の奥から警告の声が聞こえた。こんなふうに仲違いするのはよくない――のもあるけど、こんなふうに――四季を困らせるのはよくない――。


 これはイレギュラーなことだと、私の脳が告げている。イレギュラー? どういうこと? でも……あってはならないこと。


 そしてそれは私だけではない。如月も。如月はやっぱり笑っているけど、その笑顔に、……不思議な不安の影が差す。

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