第2章 課外授業

1

 お昼休み、私と千早はグラウンドを歩いていた。グラウンドの隅にはバスケットコートがある。そこでバスケをやってる男子が数人。それを見てきゃあきゃあ言ってる女子が数人。


 鮮やかにシュートが決まって、女の子たちの間から黄色い歓声が上がる。シュートを決めたのは如月。私と千早は思わず足を止めた。


 如月がこちらに気づいた。そしてとても無邪気な笑顔で手を振った。


「まどか! 千早!」


 女の子たちがしんとなって一斉にこちらを向いた。私たちは微妙に居心地が悪くなって、曖昧な笑顔で手を振りかえした後、そそくさとその場を立ち去った。


「如月、人気じゃん」


 千早が言う。


「ね、意外とね」


 私が答える。如月、運動神経はいいもんな。本を読ませると5分で寝るタイプだけど。それに背も高いし、顔だってそんなに……まあ悪くはない。


 それに明るくて大らかで、人をひきつける魅力というものがある。あの天真爛漫な笑顔。悩みがなさそうでいいな、とも思うけど……。


「コートの周りにいた女の子たち、見かけない顔だったね。下級生かな?」


 千早がちょっと振り向きながら言った。プレイは再開され、女の子たちはまた夢中になってる。


「かもね」

「どうしよう、私たち目をつけられちゃった」

「目をつけられちゃった、って?」

「素敵な如月先輩と、特別な仲の女の子だと思われてしまった」

「特別な仲、って」


 私は苦笑する。まあたしかに、私たちは4人で仲いいけど。それは幼い頃からずっと一緒にいたからで、きょうだいみたいなものだし。


「まずい、嫉妬の嵐に襲われてしまう」


 大仰に千早は顔を覆った。


「嫉妬の嵐に襲われるとどうなるのよ」

「あの子たちが、私たちをいじめにやってくる。おっと、私たち、じゃないな。まどかを、だ」

「なんで私だけなのよ!」


 私は千早を軽くこずいた。自分だけ逃げおおせようとしてる!


 千早は真面目な顔で言った。


「まどかが如月のお気に入りだって、みんな知ってることでしょ」

「何それ!」


 簡単に言わないで! 知らないよ!


 千早はにやにや笑った。


「本人だけ知らないんだ。如月ちょっとやきもきしてるよ。まどかの夢の王子様が現れたから」

「やきもきなんてしてないよ。普通に仲良しじゃん、あの二人」


 私はきっぱり言う。実際にそう。如月はたちまち四季を仲間に取り込んでしまって、四季も如月やその友人たちと仲良くやってる。二人の間にわだかまりなんて、ない。


「まあそれもそう。なんか四季って、こちらの心に入り込んで来るところがあるから……。私、好きなんだな、四季のこと」そう言ったあと、すばやく千早は付け足した。「友達として、ってことだよ。恋愛感情じゃない」


 わかる。私も四季に惹かれていた。好きだ、と思う。でも……それは恋愛感情なのかな、わかんないや。まあ、私の夢の王子様ではなかったし。


 私たちはあてもなく、グラウンドを歩く。腹ごなしの散歩に来たのだ。春の昼下がりのグラウンドには、生徒たちが三々五々、思い思いに楽しんでいる。近くにいる、固まっておしゃべりに興じている女の子たちから、どっと笑い声が上がる。


 幸せな、光景。


 私はにやりとしてひじで千早をつついた。私は千早の秘密を知ってるんだ。からかわれてばかりだから、ちょっと復讐してやろう。


「そりゃ、四季に恋愛感情は抱かないよね。だって、千早には――冬馬がいるんだもの」


 二人は付き合ってはいないようだけど、でも冬馬は千早のことが好きだ。それは見ててわかるよ。


 千早は私の復讐を、華麗に無視した。




――――




 5月にはクラスマッチがある。クラス対抗の球技大会。今回は私と千早はバレーに出て、如月と冬馬はバスケに出る。


 四季はどれにも……出ない。四季は自分で体が弱いって言ってたけど、本当に弱いようで、体育はいつも見学なのだ。


 私たちにはいなかったタイプだ。でも、私たちの間には同情の心がわいていた。そのことについて四季を悪く言う人はいない。少なくとも私の知る限りでは。体調について、転校について、とやかく訊く人もいない。


 みんな四季が好きなのだ。みんな――何故だか不思議なんだけど、そう思う。私たち新しい人類って、こういう閉ざされたところに、ぎゅっと一緒にいるせいか、ときに、言わなくてもわかるなーみたいな気持ちになるところがある。


 みんな……。まあ、千早が言うには如月はやきもきしてるみたいですけど。


 やきもきしてるのかなあ。でもまあたしかに、私と四季が話してるところに、如月が割り込んでくることって、あるけど。でもそれは単に3人で仲良くおしゃべりしたいってことかもしれない。


 ある放課後、私たち4人、私と千早と如月と冬馬は教室に残っておしゃべりしてた。夕暮れの日の光が窓から差し込んで、遠くから他の生徒たちの声が時折聞こえた。


 どういう話の流れだったか、卒業後の話になった。卒業まで後一年もない。卒業式が終わったら――私たちはこの学園を出ていく。壁の向こうへ。


「卒業したらさ、俺は冬が見てみたい」


 そう、如月が言った。「俺の名前は2月って意味なんだから、2月が実際にどんなものか体験しなきゃ」


「学園の外に出たところで、俺たちが冬眠しなくちゃいけないっていうのは変わらないのでは?」


 もっともなことを冬馬が言った。笑い声が上がり、如月が「そうだった!」と言う。


「でも俺も見てみたいよ」くすくす笑いながら冬馬が言った。「俺の名前も、『冬』が入ってるもん」


「私はね――」千早が言った。「4人がずっと一緒だったらいいなって思う」


 そう言って千早は照れた。柄にもないことを言ってしまったな、みたいな表情で。

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