5

 私は立ち止まった。温室の、二人きりの、魔法の森みたいな、そんな非現実的な空気が私に変に影響していた。


 四季も足を止め振り返る。「どうしたの?」って訊く。


 私は勇気を出して四季に尋ねた。


「あの――私たち、前に会ったこと、ないかな?」




――――




 翌日。朝の教室で私はへろへろと千早の元へ行った。


「千早……ちょっと話を聞いてよ……」

「どしたのよ」

「転校生は……私の夢の王子様ではなかった……」


 私は千早にしなだれかかる。如月と冬馬がなんだなんだとやってきた。


「夢の王子様?」


 冬馬が私に尋ねる。どうやら私の言葉を聞いていたらしい。「そういえば、夢を見るって言ってたね。毎回同じ男の子が出る夢」


「そう、それなのよー」


 私は如月と冬馬に向かって説明した。転校生が、四季が、夢に出てくる男の子とよく似ている、ということ。


「だから私は、四季って私の夢のお」王子様、と言おうとして私はあわてて口を閉ざした。それはちょっと恥ずかしくない!? 王子様、だなんて……。だから私は王子様ではなく、男の子、と言うことにした。「男の子じゃないかな、って思ったの。だからそれを昨日、四季に直接確かめてみて」


 以前会ったことはありませんか? って訊いたんだ。でも四季は、その質問をされて、面食らって少し考えて、私に言った。


「それって、僕らが学園に入る前のことだよね? えっと……会ったことは……ないと思う。ごめん、忘れちゃったのかな。そうだったらごめん」


 そうして四季は一生懸命思い出そうとした。でも思い出せないみたいだった。私はあわてて話を打ち切ることにした。「あ、ごめんね! 私の記憶違いだったみたい!」


 まあそもそも。考えてみれば、夢の出来事が実際に起こったことって保証はないもんな。私の中に、こういう顔って素敵よね! って好みがあって、その好みに合った少年を夢に見て、それでたまたまその特徴と合致した人が現実に現れた、ってだけだと思う。


 千早の言う通り、イケメンってまあわりと似た感じの顔してるような気もするし。


「四季が王子様なんだ」


 真面目な表情で、如月が言う。「王子様」って言葉、忘れてほしいんだけど!


 私は恥ずかしくて苦笑いした。


「あーえっと、夢の男の子はすごく綺麗な顔してたから、王子様っぽいなーって……」

「四季も綺麗な顔してる」


 やはり真面目な表情の如月だった。私を見て尋ねた。


「まどかはああいう顔、好き?」


「え、えっと……」そんなにストレートに訊かれたら困っちゃうよ! 私は笑いながら答えた。「うんまあ、嫌いじゃないかな」


「放課後、俺達が学園を案内してやるよって言ってたのに」如月は不満そうに言った。「消えたと思ったら、まどかと仲良くしてたんだ」


「仲良くっていうか……まあ成り行き……」


 四季に約束すっぽかされたせいなのか。なんだか如月の機嫌が悪い。


 私は四季を探した。教室で、男子数人と楽しそうに話してる。落ち着いてリラックスしてて、早々にここに慣れたようにも見えた。




――――




 夜寝る前に、寮の自習室に集まって各自で勉強する時間がある。定期的に、この時間に両親に手紙を書くことになっている。


 両親のこと、私はあんまりよく覚えていない。というか、私たちはここに来る前の記憶があまりないのだ。


 学園に入ってからは両親と会ったことがない。それが悲しいというわけでもない。だってほとんど顔も知らぬ人だし……。そう思うのは私だけじゃなくて、みんなそうみたい。


 マスターたちの書いた小説などを読むと、親子の絆って大事なんだなあと思う。でも私たちはそうじゃない。私たち新しい人類は――。


 情が薄いのかな、と思うけど、そもそも長いこと会ってない人たちに強い感情を抱くのは難しい。でもここにいるみんなが、学園の生徒や先生たちが、家族みたいなものだから!


 マスターたちの思う家族とは、違うのかもしれないけれど。


 今日は手紙を書く日だ。自習室の机に向かい、便箋を広げて私は迷った。えーっと……何を書こうかな……。


 もちろん、転校生のこと! だよね! 一大事件だもん!


 それから、その転校生が私の夢の王子……じゃない、男の子に似てるってこと。書こうか、どうしようか……なんか恥ずかしいじゃない?


 ふと思った。ここに来る前のこと。私は忘れていても、両親なら覚えているはず。


 ならば……手紙で訊けばいい。ここに来る前、私はこれこれこんな感じの男の子と親しくしてた? って。訊けばいい……のだけど……。


 やっぱり何か恥ずかしい~。


 考えてみれば、夢の話って手紙に書いたことない。夢を見た、とは書いたけど、内容までは。ほら、やっぱりナイーブな面があるから……。夢の内容を話したのは千早と如月と冬馬、あと、お医者さんにだけ。


 手紙を書いて送れば、返事がやってくる。夢を見るって両親に書いたら、お医者さんに相談しなさいって返ってきた。お医者さんに診てもらって、大丈夫だって言われたって書いたら、よかったねって返ってきた。


 私は顔をあげて周りを見る。たくさんの女の子たちが机について、静かに鉛筆を走らせたり何かを読んだりしている。私語は全くない。すごく静かな時間。


 私は再び便箋を見た。どうしよう……。まあいいか……。簡単に、転校生が来たってことだけを報告しておこう。

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