2

 転校生が自己紹介をする。四季しきという名前らしい。落ち着いた、良い声。声……私はあの子の声を夢の中で聞いたことがないような気もするけれど、でも……。


 この顔は知ってる……気がする! 夢に出てくる、あの男の子じゃない!?




――――




「千早、千早!」


 朝のホームルームが終わって、私は千早のほうにすっとんでいった。


 千早が私を見る。


「何、どうしたの?」そしてふふふと笑った。「転校生、イケメンじゃん!」


「そうなのそうなの、いやでも今重要なのはそれじゃなくて」私は擦り寄ってくる千早に言った。「もっと奇妙なことが起きてるの!?」


「奇妙なことって?」


 千早が尋ねる。私は転校生のほうを見る。彼の周りにクラスメイトが集まってる。率先して声をかけてるのは如月だ。如月は人が好きで面倒見がいいからなあ。


「あのね……あの転校生……私の夢の王子様……かも!」

「どういうこと?」

「似てるの! よく似てる! 私が毎回夢で見る男の子と!」


 私はいつも同じ夢を見る。同じ男の子が出てくる夢だ。5、6歳くらいの男の子で、こちらにほほえみかけてくれる。私はそれが嬉しくて、なんだかせつなくて、そしてあの男の子のことが好きなんだ、って思う、そんな夢。


 私たち新しい人類は夢を見ない。どういうわけだか見ない。でも私は見るんだ。そして毎回同じ男の子の夢で……。不安になってお医者さんに相談したこともある。でもそういう新しい人類も稀にいるんだって。だから、心配しなくていい、って。


 夢の話は千早にも言った。如月にも冬馬にも。誰も夢なんて見ないから、不思議だねって話になった。それで千早が言ったんだ。その男の子、まどかの王子様なんじゃないの? って。


 この学園に来る前に仲良くしてた子なのでは、って。二人は、まどかとその男の子はとても仲良く、王子と姫のようで、将来を誓い合い……って、千早は変なところでロマンチストなんだよ。


 でも、将来は誓い合ってないかもしれないけど、仲良かった男の子、ではあったのかもしれない。だから私は思い出そうとした。この学園に来る前のことを。でも――思い出せない。


 私の頭が悪いせいではないんだよ。ここの学園の子たちはみんなそうなの。ここに来る前のことを思い出すことができない。でも新しい人類ってそういうものなのかもしれない。あまり過去を振り返らず、くよくよしないというか。


 まあともかく。その夢の王子様が――王子様が成長したとおぼしき姿が――。今ここに現れた、ってわけなのだ!


「あの子が……そうなの?」


 千早もまじまじと転校生を見る。そして真面目な顔をして私を振り返って言った。


「イケメンじゃん」


 もう千早はそればっかりなんだから。よっぽど重要なんだな、イケメンという要素が。


そしてからかうように笑った。


「まどかったら、もう~。あんなイケメンと深い仲なんて」

「深い仲かどうかは知らないけど。あと、似てるってだけで同一人物というわけでは」


 そもそも夢の人物が実在しているかどうかもわからない。でも……変なことではあると思うよ。夢の中だけで会ってた人とよく似た人が現実にもいるなんて。


「たしかに、イケメンって大体同じ顔だもんな」


 イケメンではしゃぐわりには、認識の雑な千早だった。そして千早はあっさりと言った。


「訊いてみればいいじゃん」

「訊く?」

「そう。あなたは私の夢の王子様ですか? って」

「いや、それ無理!」


 なんだこの女って思われちゃう!


「じゃあもっと穏当に行こう。以前、お会いしたことはありませんか? にしよう。ここに来る前にお会いしましたか?」


 ……うん、それならありかもな……。千早はまた転校生のほうを見て、愉快そうに言った。


「如月って人間が好きだよね。すぐ仲良くなりたがるの。転校生もたちまち仲間にしちゃうよ。そしたら私たちも転校生と仲良くなれるね」


 そうだ……。そしてひょっとしたら彼が私に言うかもしれないんだ。あれ、まどかだ、って。僕だよ忘れたの、四季だよ。ここに来る前、よく一緒に遊んだよね。そして約束したよね、ずっと一緒にいよう、って――。


 私の目を見て、あの綺麗な顔で言うんだ……。そんなことになったら、どうしよう!?




――――




 今日の授業は午前中までだ。私は寮に帰る前に一人で図書館に寄った。返す本があったから。


 図書館は大きな四階建ての建物だ。学園の、少なくない数の生徒が利用するのだから、大きくなくてはいけない。児童書を集めた部屋もあって、ちびっこたちの集団が、おとなしくそちらに向かう。


 図書館にはマスターたちが書いた本がたくさんある。そんな本も読みながら、私たちはマスターたちについて学ぶんだ。私たちとマスターは違っている部分がいろいろあるから。


 返却をすまして図書館を出ようとすると、そこでばったりとある人物に出会った。――転校生だ! 綺麗な顔の転校生! 私の――王子様?


 休み時間、如月が私と千早のところに転校生を連れてきた。私たちは挨拶をして――そして、転校生は私を見て、あれ、まどかじゃん、と――言わなかった。

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