夢の続きの13月

原ねずみ

第1章 転校生

1

 少年がいる。

 

 まだ小さな男の子だ。5歳か6歳くらい。私を見る。そしてほほえむ。やわらかそうな、やや癖のある髪。少したれた大きな目。その目がほほえむ。優しい笑顔だ。


 私は嬉しくなる。私は男の子のそばに行きたい。だって私は――彼が好きだから――……。




――――




 ぱちりと目が覚めた。夢が途切れて、遠くに行ってしまう。ここはいつもの私の部屋、私のベッド。そしていつもの朝。


 私はベッドから抜け出した。カーテンから朝日が入り込んで明るい。今日もいい天気。季節は春で、このところ、ずっといい天気が続いている。新しい学年はつい昨日始まったばかり。何もかも新鮮な、春。


 夢、久々に見たなあ。


 いつもと同じ夢だった。私は同じ夢しか見ないし。いつもあの男の子。私の好きな男の子。


 でもどこの誰かは知らないんだけど。


 制服に着替えて、それからカーテンを開ける。朝の光がまぶしいな。私、朝って好き! なんだか気持ちがよいし、前向きになれるから!


 夢の残りのほんのりした幸せをかみしめながら、私は鏡で自分をチェックした。髪の毛をちょいちょいとくしでとかす。後で、洗面所でちゃんと寝癖を直さなくちゃ。


 紺のブレザー、チェックのスカート。リボンもきちんとつけて……うん、悪くない。




――――




 私の名前はまどか。あともう少しで18歳になる。私は――私たちは――新しい人類、と呼ばれる。


 世界には新しい人類と古い人類がいる。あるときから何かのきっかけで、新しい人類が生まれるようになったんだって。新しい人類は古い人類と比べて頑丈な体を持っていて、様々な点で優れてる。だから、古い人類に仕えなければいけない。


 ここは「学園」。新しい人類たちばかりを集めたところなんだ。古い人類は「マスター」と呼ばれて、私たちはここでマスターに仕えることを学ぶ。


 私たちはマスターに会ったことはない。ううん、この学園に来る前に会っていたかもしれないけど。ここには6歳で入学して、それから18歳まで、外に出ることなく暮らす。学園はとても広いから、あんまり窮屈って感じはしないけど。


 生徒たちは寮生活をする。最初は複数人で一つ部屋を使うけど、学年が上がれば個人部屋が与えられる。私は最終学年だから、もちろん個人部屋!


 最終学年だから……来年の春には卒業しちゃうんだよね……。


 ちょっと残念。学園生活は楽しかったから。でも学園の外に出るのはわくわくする。私はちゃんと、マスターに仕えるという役目を果たすことができるかな。


 食堂で朝食を取って、洗面所で身だしなみを整えて、教室に向かう。教室に入ったら、自分の席へ。


「まどか、おはよ」


 千早ちはやがやってくる。私の親友の女の子だ。6歳でここに来たときすぐ仲良くなって、それからずーっと仲良し! 細い体に(うらやましい)、いたずらっ子のような生き生きした目。明るくて面白い子なんだ。


 それからもう二人。如月きさらぎ冬馬とうま。二人の男子。如月は背が高くて体つきもがっしりしてる。陽気でスポーツが好きで人懐っこいタイプ。冬馬は如月と同じように背は高いけど、それ以外は違う。クールで落ち着いてて、大人っぽい。


 この二人ともここに来てすぐ仲良くなったんだ。私に千早、如月に冬馬。四人でずっと仲良し! 最終学年はクラスも一緒ですごく嬉しいよ。


「まどか、事件だよ」


 千早が私に顔を寄せた。その目が輝いている。事件、といっても、悪い事件ではなさそうだ。


「何?」


 私は尋ねる。千早ははしゃいで言った。


「転校生が来るんだって!」




――――




 転校生……? えっと、それは本で読んだことはあるな。でも実際には見たことない!


 学園の図書室にはマスターたちの世界を描いた本がたくさんあって、そこには転校生が出てくる。でもこの学園にはやってきたことない!


「どうして!? どうして転校生がやってくるの!?」


 その転校生も私たちと同じように新しい人類ってことだよね。この学園みたいな場所は他にもたくさんあるって、先生も言ってた。だからそこからの転校なのかな。


「それはわかんないけど……」

「ひょっとしたら俺たちが知らないだけで、普通に転校ってあるんじゃないか?」


 如月が言った。私が反論する。


「でも私たちの学園からよそに移った子なんていないよ」

「たまたまうちにそういう生徒がいなかっただけかも」


 冬馬が如月の肩を持つ。うーん、そうなのかな……。


 チャイムが鳴る。みんなが自分の席に向かう。去り際に千早がちらっと私に言った。


「転校生、男子らしいよ。イケメンだといいね」


 そう言って、いたずらっぽく笑った。


 先生が入ってくる。私たちの担任で中年の女性の先生だ。三好先生という。そしてその後ろに……ほんとだ、男の子だ!


 背は中くらい、華奢な男の子だった。色が白い。なんだか、はかない感じを受けるなあ……。


 男の子が教壇の前でこちらを向く。千早の願い(?)が当たったじゃん! イケメンだ!


 やわらかそうな、やや癖のある髪。少したれた大きな目。綺麗で優しい顔。……あれ、この顔どこかで……。

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