第二章:黒き魂の目覚め 〜魔王アカリ〜
熱い。
息ができない。
何かに押し潰されるような圧迫感と、焼かれるような痛みが魂の芯にまで染み込んでいく。
目を開けても、そこには何もなかった。
ただただ、闇。重く、深く、冷たいはずなのに焼けつくような闇の中で、私は“そこ”にいた。
(ここは……どこ? 私は……誰?)
意識は渦巻き、思考は泡のように浮かんでは消える。
けれど、確かに一つだけ、消えずに残っていたものがあった。
——神崎朱莉(かんざきあかり)
その名が脳裏に浮かんだ瞬間。
世界が“ぶちり”と音を立てて裂けた。
次に目を開けたとき、私は泥の中にいた。
空は重く、灰色の雲が低く垂れ込め、冷たい雨が容赦なく降り注いでいた。
ぬかるんだ地に沈み込んだ身体は異様に軽く、それでいて痛みだけはやけにリアルだった。
泥の上に這い出し、身を起こす。
そのとき、自分の手が目に入った。
——爪。
鋭く湾曲し、まるで獣のようなそれが、自分の指であることに吐き気がした。
足には鱗のような皮膚が浮かび、背中には未発達の皮膜状の何かが張りついていた。
(……魔族? 私……魔族になったの?)
濡れた岩肌に映る姿は、人の形をしていなかった。
肌は青黒く、髪は血のように赤く染まり、瞳は濁った紅を宿していた。
それでも、私は理解してしまった。
——これは、「異世界転生」だ。
かつてラノベで読み漁った数々の物語。
転生、スキル、魔法、チート。
けれど、これはそんな空想のように甘くない。
目覚めた場所は、ある廃集落の裏手だった。
ここは魔族の辺境、社会階層の底辺。言葉も通じぬ異形たちが、力だけを拠り所に生きている。
私はすぐに“それ”を思い知らされる。
「喋れない奴には、餌はやらん」
「使えないなら、代わりに“抱かれてこい”」
殴られ、蹴られ、泥に沈められた。
叫んでも誰も助けてはくれなかった。
この世界には、“正義”も“希望”も存在しない。
あるのはただ、強さこそが生の証という現実だけ。
それでも、私は生きた。
……いや、“生き残った”。
耳を傾け、彼らの言葉を覚えた。
目を凝らし、魔力の流れを感じた。
夜には自分の爪で岩を割り、拳で木を叩いた。
空腹に耐え、傷口を泥でふさぎ、虫すら食らって、私は呼吸を続けた。
それが、朱莉としての意識があった証だった。
生き延びること。それがすべて。
この世界において、名も姿もどうでもよかった。
ただ、“生きている”というその一点だけが、私の尊厳だった。
ある夜、火の魔獣に襲われた。
犬のような体格に、煤けた骨のような外皮をまとったそれは、ただの獣ではない。
目が合った瞬間、私の中に再び、あの“灼熱”が蘇る。
息が止まり、目の奥が熱くなった。
——やめろ。来るな。近づくな。
心がそう叫んだとき、手のひらが光った。
火花が弾け、目の前に閃光のような熱が走る。
獣はうなり声を上げ、地面を滑り、焼ける匂いが鼻を突いた。
私は、立ち尽くしたままその姿を見つめていた。
熱い。怖い。けれど、これが……力?
それが最初の魔法だった。
火のような、風のような、何か曖昧な熱と衝撃。
翌日には、小さな水流を生み、
次の日には、空気を震わせて岩を砕いた。
誰に教わったわけでもない。ただ、自分の中から、“何か”が溢れてくる。
火。風。水。氷。光。そして、闇。
(まさか、私……全部の属性に、触れられる?)
自分でも信じられなかった。
だが確かに、魔力は全てに反応した。
——誰も知らない。
——私自身すら、まだ制御できない。
けれど確かに、**私は“魔族としての異端”**であり、
この地において、異常なほどの成長速度を持っていた。
彼らは私を名前では呼ばなかった。
「虫」「小娘」「獣の糞」……そんな罵倒ばかりが飛び交った。
けれど、私は自分の名を忘れなかった。
——アカリ。
それは、彼の隣で呼ばれ続けた名前。
朱莉であり、アカリであり、私の誇り。
私は生きる。生き残る。そして——
この名を、力で刻みつけてやる。
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