転生した幼馴染が魔王になって世界征服しようとしているのでそれを止めたいと思います
黒蜜だんご
第一章:目覚めの地にて 〜勇者ユウト〜
あの夜、母が産気づいたのは、満月の輝く風の強い晩だったと聞いている。
父は剣を、母は回復魔法を操る、かつて名を馳せた冒険者夫婦。戦いを終えて静かな村に移り住み、僕をこの世に授かった。
名前は御門 悠翔(ミカド ユウト)。
異世界に転生した記憶は、幼いころからぼんやりとあった。電気のある世界。ビルが立ち並び、制服を着て通っていた学校。思い出すほどに遠い、けれど確かに「前世」としての記憶だ。
そして、そこにはひとりの女の子がいた。
——神崎朱莉(かんざき あかり)。
僕の幼馴染で、ゲームとラノベが大好きで、よく空想の世界の話を語ってくれた子。
「魔王になって世界を平等にする」って、笑いながら言ってたその言葉が、まさか現実になるとは——このときの僕は、まだ思ってもいなかった。
15歳になった僕は、成人の儀を終え、勇者としての力に目覚めた。
父譲りの剣の才、母から受け継いだ治癒の魔力。そして、他の誰よりも強い「適性値」。
村の神殿のクリスタルが輝いたとき、神官は震えながら告げた。
「お、お前さん……まさか、“真の勇者”の……!」
それは喜ばしいことだったはずだ。
けれど僕の胸には、ずっと言い知れない不安があった。
何かが始まってしまうような……何かを、取り返しのつかないものを、迎えに行かなくてはならない気がしてならなかった。
その報せは、程なくして届いた。
「魔王、現る」
北方に位置するアズダール山脈の魔族領。そこで突如として現れた黒衣の少女が、魔族たちをまとめ、強力な軍団を編成し、次々と人間の街を落としているという。
しかも、その魔王は自らをこう名乗ったという。
「私は神崎朱莉。全てを平等に統べる者」
頭の中が真っ白になった。
まさか、そんなはずがない。前世の彼女がこの世界に? 魔王として? どうして? なぜ?
「ユウト。お前は、行くのか」
父の問いに、僕はうなずいた。
「行かなきゃいけない気がするんだ。……きっと、僕にしか止められない」
「勇者としてか?」
「……いいや。幼馴染としてだよ」
彼女がこの世界に来た理由も、魔王になった理由も、今は分からない。けれど、ひとつだけ確かなのは——
僕が、彼女を殺したくないということ。
出発の朝。
母が僕の荷物に小さな布袋を忍ばせてくれていた。中には乾燥保存された野菜、薬草、そして一枚の布。
子どもの頃、僕と母とで一緒に縫った巾着袋だった。刺繍の端には、小さく“あかり”と名前が縫われていた。
「……なんで、これを……」
「その名前を見たとき、あんたが誰かを探している顔に思えてね」
母はすべてを見透かしたように微笑んだ。
「行きなさい、ユウト。あなたが選んだ道なら、私たちは誇りに思うよ」
そして、僕は旅に出た。
剣ひとつ、治癒魔法と、少しの勇気を携えて。
世界は広かった。
人間の街は怯え、エルフの森は閉ざされ、獣人たちは戦火に巻き込まれていた。
魔王の名は、恐怖とともに大地に広がっていた。
けれど僕は知っている。彼女は、あんな世界の壊し方を望む子じゃなかった。
だから、僕は進む。
彼女の名が「魔王」と呼ばれようとも——
その手を、もう一度掴むために。
魔族の最下層。虐げられる日々の中で、ひとつの魂が目を覚ます。
「神崎朱莉」の魂が宿ったのは、翼も爪も未成熟な下級魔族の少女。
やがて彼女は覚醒し、“魔王”へと成り上がる。
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