第29話 蓮、弟子入りの決意

高校卒業も近づいたれんは今、実家の縁側にいる。

夕暮れの風がすだれを揺らし、麦茶の氷がカランと音を立てた。

蓮は、母の隣に正座している。

頬をかきながら、ぽつりと言った。

「母さん……俺、やっぱり正式に煩悩寺の僧侶になろうかと思ってる」

母は、縁側越しに差す光を受けながら、柔らかく笑った。

「寺男のバイトだけじゃ、もう収まらないってこと?」

「うん……まあ、色々あって……」

そう言って、蓮は遠くを見た。

「最近の俺、自分でも変わってきてるのが分かる。変な話、骨とか神様とか触手とか……前より“普通”に感じてきた」

「うん」

「それに、なんか力もついてきてて……このまま曖昧なままでいたら、いずれ“なにか”になっちゃいそうでさ」

「泥田坊、とか?」

「それ! いまいち主人公感ゼロなヤツ!」

二人で少し笑ったあと、母は優しく麦茶を一口。

「じゃあ聞くけど――蓮、怖くないの?」

「ちょっと怖いよ。今でも。和尚はともかく、寧々子さんもクレオパトラさんも……命さんも。ある意味、周り化け物だらけだし」

「自分が“人間じゃないかも”って気づいた時点で、何かを選ばなきゃいけないのよ」

「選ぶ、か」

「私は妖怪とのハーフ。あなたはクォーター。でも血筋や力より、大事なのは“選ぶ意志”。人間でいるのか、神に近づくのか。それとも――自分で“道”を作るのか」

蓮はしばらく黙っていたが、やがてこくりとうなずいた。

「じゃあ……俺、自分で決めるよ。煩悩寺に正式に入って、“煩悩流”を学んでみる」

「うん、それがいいと思う」

母はにっこり笑って、立ち上がる。

そしてふと振り返って、言った。

「でもね――あなたが“和尚よりエロくなったら”即帰ってきて欲しいかな?」

「ならねーよ!? どんな基準だよ!」

「冗談よ。……でも、ちょっとだけ本気」

そう言って、母はくすりと笑った。

蓮も立ち上がり、夕日を背にして、ぽつりとつぶやく。

「……じゃあ、行ってくる」

そして、背筋を伸ばし、煩悩寺のある坂道へと歩き出した。



煩悩寺・居間

夕日が障子越しに差し込む中、和尚は湯呑みを傾けていた。

骨だけのくせに、妙に「くつろいでいる」風情である。

蓮は静かに正座し、深く頭を下げた。

「和尚。俺を……正式に、弟子にしてください」

白骨和尚は動かない。

一瞬、寝てるのかと思うほど静かだったが、やがて重々しい声を発した。

「……ワシが怖くて逃げ出すと思っておったが……やはり来おったか」

「いやいや、誰が怖い言いました? エロいけど」

「褒め言葉と受け取るぞい」

蓮は苦笑しながら顔を上げた。

「母さんからも聞きました。俺、クォーター妖怪らしいです。だから、ちゃんと向き合いたいんです。力とも、自分とも……この寺とも」

「……よかろう。では本日をもってお主を“煩悩流”の正式な修行僧と認める」

和尚は湯呑を畳に置き、ゴクリと気配で一息ついた。

「まずは、じゃ。」

「はい」

「煩悩を否定するな。欲を断つな。むしろ――活かせ」

「……なんか、思ってた修行と違うんだけど」

「ワシらは清く正しい坊主ではない。煩悩を知り、煩悩に溺れ、煩悩を制して人に還す。“人の業を愛せぬ者に、癒しはできぬ”」

「……そんな感じですか、煩悩流って」

「そんな感じじゃ。あとエロもOKじゃ。エロも正義じゃ」

「うわ、やっぱ修行やめとこっかな」

「今さら戻れんぞい?」

蓮はふぅとため息をついてから、少し笑った。

「……でも、たぶん、俺にしかできない修行なんだろうな、これ」

「うむ。お主は“泥田坊”の運命を跳ね除ける。「れん」の名の通り泥から花咲くはすのように地に根を張ってゆく男じゃ。ワシはそう思っておる」

「ありがとう、和尚」

「そのかわり、早速明日から修行じゃぞ。朝五時から滝行・写経・掃除にエロ供養じゃ」

「エロ供養!?」

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