第19話 母なる大地の真実

夏の終わり、久々に実家へと帰省した蓮。


干物工場の奥にある母屋の縁側で、麦茶を飲みながらぽつりと呟く。


「……母さん、ちょっと聞きたいことがあるんだ」


「なぁに?」


台所から顔を出したのは、明るいエプロン姿の母――小柄でふわっとした雰囲気の女性だが、なぜか最近耳がほんのり尖っているようにも見える。


「……俺、最近おかしいんだ。人間じゃない動きとか、力とか。和尚には“こっち側”とか言われるし、…正直、不安なんだよ」


蓮はゆっくりと母の顔を見た。


「俺……人間じゃなくなってるのかな……? 母さん、何か知ってる?」


母はちょっと驚いたように目を丸くし――


「言ってなかったっけ? 私、妖怪とのハーフよ。だから蓮は“クォーター妖怪”ね」


「納得ぉぉぉぉぉく!!」


麦茶を盛大に吹き出す蓮。


「ってことは何!? 俺、妖怪の血入ってたの!? じゃあ種族は? 犬神とか? 鬼とか? カッコイイやつ? もしくは渋いとこで、がしゃどくろ……?」


母はコトリと麦茶のグラスを置くと、少し寂しそうな目をして言った。


「そうね……あのままずっと人間の町で暮らしていたら、あなた、泥田坊になってたと思うわ」


「泥田坊!? 主人公感ゼロぉぉぉぉぉ!!!」


その場に崩れ落ちる蓮。


母はふふっと笑いながら、そっと頭を撫でた。


「でもね、泥田坊は“土地を守る者”の零落した姿なの。あなたの中の力は、それだけ“土地に深く愛された証”なのよ。ね、誇って?」


「……誇れるかああああ!! せめて狐とか鬼とかにしてくれよ! 泥田坊って、田んぼからズブズブ出てきて“返せ…ワシの田を…”とか言うやつだぞ!?!」


蓮「……でさ、母さん。父さんはどうなんだよ? 妖怪の血、入ってたりするの?」


すると――


「おーい蓮、帰ってたのかー?」

と、工場の裏口から現れたのはすっかり干物工場の工員の顔になった作業着姿の父。顔は焼けて精悍、額には汗。だが――


「俺は普通の人間だぞ。安心しろ」


親指で自分を指しながらニッと笑う父。あまりにもあっけらかんとしていて、逆に何かあるんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。


蓮「……ほんとに普通?」


父「この町に来てから“怪異体質を寄せつけやすい傾向あり“って診断されたな。しかし凄いよなー、この町。」


蓮「馴染んでるし…ぜんぜん普通じゃねえ…」


そこに母が、涼しげに麦茶をおかわりしながら続けた。


「あなたのおじいちゃん――つまり私の父はね、元々は“地霊”だったの。でも時代と共に人々に信仰され、地域の産業を支えて……いまは“土地神”みたいな存在になってるの」


蓮「え!? あのサンタみたいなヒゲのじいちゃんが!? ちょっとアメ配ってるだけの工場オーナーじゃなくて神様だったの!?」


母「そう、レベルアップした地霊って感じかな? この辺の氏神会議にも顔出してるのよ。」


蓮「えーと……ってことは、俺も修行すれば、地属性の神様とかになれたりする?」


母はにっこりと、いつも通りのおっとり笑顔で答えた。


「なれるわよ。ちゃんと心と土地に向き合えば、ね」

そして母は、ふと表情を曇らせた。


「ただしね、今は“自覚したばかり”で霊力が不安定だから……あまり無理して力を使うと、バランスが崩れて“一時的に泥田坊”みたいな姿になるかもしれないの」


蓮「まさかのデバフ仕様!? なんで進化の途中で退化すんの!?」


母「ほら、あの姿って“土地に囚われすぎた神霊の末路”でしょ? だから、感情が乱れると引き寄せられるの」


***


蓮「泥田坊って……そりゃないだろ……」


ぶつぶつ言いながら実家の玄関を出た、その瞬間だった。


ズブッ……!


「う、わっ……!? な、なんだこれ!?」


足元からぬかるみにでも引きずり込まれるような感覚。視線を落とすと、脚が膝


あたりまで地面に沈んでいる。


「う、動けないっ!? え、なにこれ!? 俺、何かした!? 父さーん!母さーん!助けてーっ!!」


慌てて叫ぶ蓮の声に、ひょいと縁側から顔を出す母。手には麦茶のコップ。


「あら、早速“出ちゃった”のね。うんうん、やっぱり血筋がいいわぁ……」


ちょっと感動して目をうるませながら、母はおっとりと言った。


「はい、蓮。焦らず、落ち着いて。気持ちを静めて、心を“今いる土地”の波動を感じてごらんなさい。そうすれば、自力で浮かびあがれるから」


「え!? 何その“波動拳のコマンド説明”みたいなやつ!? マジでこれ精神力なの!?」


「そうよ~。地霊って、そういうものなの」


「やめてよぉぉぉおおお!!俺、今、泥田坊バグってるぅぅぅぅぅ!!」

後方では、干物を運んでいた父がニコニコしながら言った。


「よかったな蓮。よし!これでうちの工場も「ダブル地属性加護付き」って宣伝できるぞ!義父さんとお前で。」


「宣伝しないでええええええええええええええ!!!!!」


工場前の地面に埋まって絶叫する蓮の前に、干物工場の混血妖怪一家の笑い声が響いた。




https://kakuyomu.jp/users/xaren/news/16818792435605443062

6/29の近況ノートにて登場人物紹介とwhisk作成のメインキャラのイラストをアップしています。

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